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思い当たる事もある

今、非差別部落民についてちょっと調べているところ。

ところで(いきなりところでというのもなんだが)、民俗学者である柳田國男の本に「山人」という、山間を移動しながら生業に携わる生活形態をとる人たちが紹介されている。これは里や市街とは独立した共同体を持った人たちだったそうな。今は柳田の用語「山人」ではなく「サンカ」と呼ばれるらしいが。

この本を読んだ時は「ああ、日本には昔はそういう人たちもいたのか」と思った程度だったが、さっき調べてみたら「サンカ」なる人たちは戦後までも存在していたそうだ。幕末から近代にかけて確立したという。(説によるが有力らしい)
ええ、そんなに最近なの? という。

みなさんは知ってましたか、サンカ。

というわけで、我々は広義にはゆとり世代なわけだし、士農工商以外の身分について何も知らないわけですよ。というわけで部落民の発生から、現代に残る問題までざっと調べてみた。
そこでひとつ発見。

以下に書く事は、やや差別偏見を助長する要素を含んでいるかもしれない。

念のため書いておくが、私はそういった差別意識は持っていない。立派な人だっていっぱいいるし、個人レベルで対面するとき、そこにいるのは個人であって、出自は関係ないであろう。っていうかそもそも差別は嫌いだ。
が、私が改めて言う事ではないけれど、部落問題は複雑であり、感情的な差別意識だけで構成されているわけではない。これには利権や、金や、ヤクザが絡んでいる。
今日はその話をするわけではないので、とりあえず「部落差別なんて非現代的だ、信じられない」という素朴な意見が通用しないということだけ念頭に置いてほしい。興味があったら自分で勉強してみてくれ。

で、発見というのは、私の母親の「ホームレス観」がいかに培われたか。
私が幼稚園の頃から住んでいた平塚の家の近くに公園があった。そこは頻繁に遊び場にしていたのだが、一人のホームレス(当時はルンペンと呼んでいた)が一時期居座っていた。見るからに異形の者で恐かった。あの人は一体なんなんだ、と私は母に聞いた。母はあれはルンペンだと言い、子供が近づくと危険、彼らは自分の血を売った金で酒を飲んでる、などという事を話してくれた。

私はそれを聞いて「へー」と思い、あの異形の者がどんな場所にどんな風に血を売りに行き、どんな酒を飲むのかを想像したりしていた。が、しばらくして想像はしづらくなった。そのルンペンを常に観察していたわけではないので分からないが、どうも血を売ったりはしてなさそうだ、と感じてきたのだった。彼は公園にいる時は、いつもものぐさそうにベンチで寝そべったり、ぼーっと立っていたりした。生活臭さがまったくなかったので、そういうことを想像しづらかったのだ。とにかく思ってたのとちょっと違う、となって「母が教えたルンペンのイメージ」は「母にとってのルンペンのイメージ」なのではないか、とうっすら考え直したりした。

しかし、そのルンペンもやがて消え、うちの家族は平塚から引っ越し、とりたてて興味を持ち続けなかったので記憶は薄れた。十年以上経つと、私はホームレスそのものには悪印象を抱かないようになっていた。話しかけてくるのは気のいい人で、煙草をくれたこともある。そんなわけで、「子供が近づくと危ない、血を売った金で酒を飲む」イメージは記憶の隅に追いやられていた。

しかし、現代に残る部落差別を追っていくと、そのうちの一つが大阪のある地区に行き着いた。

そこはかつてから「部落」であって、今なお大変な蔑視と、悪い治安のもとにある。
道にはホームレスがゴロゴロと転がり、冬は普通に凍死しているような所だという。
(関西は関東とやや事情が異なり、いくつかの部落が明確に残っている)

そして彼らは、血液を売っていた。薬害エイズ事件が起こってそれが不可能になるまでは。

「なるほどな」と思った。母親は大阪人だから。
「ここには行ってはいけない」地域だったんだろうな。二十年近くたってやっと分かった。

ちなみに母親について弁護しておくと、彼女も差別は嫌いな人だ。ただお上品な人だから、ホームレスとかは恐いのだろう。

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金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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