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うびびびっ

http://resource2.nextframe.jp/flash2/nekocl.html

このフラッシュゲームすごい。神か。ネオ癒し認定。ネオ癒しってつまりはこう言う事です。一度やってみてください。
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家事する日

今日はゆっくりできるようなので、燻製を作る。
数日前、100g99円で牛肉が売られていた時に買ったものを、できあいのソミュールに漬けていて、それを適当に熱燻す。
ローストビーフとジャーキーの中間みたいな、俺みたいな中途半端なものに仕上げる予定。

あと「僕らのサーガ」は本来放置ゲーで時間のある時にちょこちょこいじるものなのだが、24時間PCに張り付いて高速で村を進化させてる廃人もいる。が、主婦生活なら生活に支障なく廃人ペースが可能なこともわかった。

基本うっかりやってしまったゲームは、飽きるまでやって二度とやらない方針で生きてる。

嘆美

某所で上演されたサロメ見てきた。感想ノーコメントだが、サロメそのものは面白そうなので、秋に本公演で「ネオ癒し版サロメ」やりたいなあ。

歴史的な役割を果たし終わったメディア

新聞は取ってはみたが、あまり読んでないのだった。新聞紙は油絵描くときに掃除に使うからいいけど。

また、昨日後輩と喋ってて、油絵というのはもう歴史的には存在意義を全うしきっていて、既にメディアとしては同時代性に欠けるという話をした。(油絵の名作はこれからも生まれるだろうけど)

私は油を愛してしまったので、終わりゆくメディアとしての新聞紙にシンパシーは感じるのだった。


活版印刷が発明されてお役御免になった写本屋の坊さんたちも、こういう気分だったのだろうかな。

メイドインへブンな人々

あるコミュニティ全体で流行したものが、三日で廃れるってすごいな。
情報速度は感性や体感時間まで加速させるのね。

世紀末列伝

ダンゲーキサムービの公演を観に行った。おもしろかった。
これから新入生入るけど、そう考えると一年がとてつもなく早い気がする。しかし体感的には1、2月がとても長かったので、「まだ2010年なのか」という感覚もすこしあったりする。

oioi.gif

今日の油さん。日光浴できるようになったけど雨降り。
ぶくぶくは悪くない気もするけど、漂白される前に酸化が早まってしまう気もする。
ゆるい油に仕上げたい場合、冬期に長期間の方がもしかしたらいいかも。

院を出てからのキャンパスライフ

再び学芸大へ。
前回行ったゼミは分家だというので、本家のゼミにお邪魔してみた。議題は太宰治の「水仙」だった。
その後、教授の研究室でゼミ生ともどもお酒をごちそうになる。

居心地のよさが異常。楽しすぎる。
オープンな研究室。熱心な学生。変で素敵な教授。くだけながらも刺激に富んだ空間。
夢に描いてた学生生活じゃないか。

まさか、学生じゃなくなってからこういう場にお邪魔できるとは思ってなかった。

いや、ムサビもいい大学ですけどね。私は前半スタンドアローン+後半劇団のみで過ごしてしまったので。
大学は自分を映す鏡みたいなものです。意欲があったら行動するのが吉でしょう。私は学芸大で失われた青春を取り戻します。

最近の記録

・基本的に油をいじくり回す。水に油を張って日晒しするとき、エアーポンプを入れてつねに巡回させるというテクをためしてみんとす。でも本当に意味あるのこれ。
あと精製水を使ってるという人もいるらしいけど、どうなんだろう。雑菌とかはどっちみち湧くと思うし。というわけで私は水道水を使う。が、ポンプを買ったついでに遊びでバクテリア発生袋も入手。これ使った方が精製水よりまだ有意義かも。
水と油を2ヶ月ほど野外に放置するので、出来上がった油はけっこう臭いがあったりする。それは抑えられるかもしれない。まあ何事も実験。

・昨日、アーツチヨダでの交流会。まあ急な話だし即興劇やっとけばいいか、という軽い気持ちで行ったらトリですって言われた。ええっ。立食形式でお客さんは雑談などもしつつ、という状況なので、やや難しい環境だったが、黄金町バザールや人間機械を体験した私に恐いものはない。きっちり受けはとった。遊びにきてた「兎と侍」にも参戦してもらいました。どうもありがとうさちおさん。

・ニコニコ遊園地。釣りと「僕らのサーガ」だけやってるが、2chのサーガ本スレの阿鼻叫喚地獄がもう一週間くらい続いててやばい。
ゲーム概要としては、農耕しつつ溜まった資源で自分の村を作っていく。村どうしで共同体(国家)を作ったり、兵を作って戦争をしたりする、というもの。
このゲームは15日にサービス開始したが、初期設定の差によるバランス崩壊が次々と露見し、バグが発生し、頻繁にメンテナンスが入り、しかもメンテ明けに何も解決してなかったり場合によっては改悪されていってる。
15日の開始と同時にスタートした先発組は、このバグやバランスブレイクに振り回されっぱなしになってる。
スレに悲鳴が絶えない。おそろしい。

・学芸大の近代文学ゼミで、こんどユイスマンスの「さかしま」をやることになったのだけれど、ユイスマンスで「さかしま」以外に読んだ方がいい作品でこれっていうのはありますか?

イベントでるでよ

24日の午後七時から、3331アーツチヨダでやるイベントにちょろっと出ます。
パフォーマーの交流がメインな感じですが、出し物もけっこう見れるようなので、興味が会ったら遊びに来てくださいな。

学芸大学に行ってきた

ひょんなお誘いで、近代文学ゼミに参加してきた。今日のお題はオスカー・ワイルドの「サロメ」。
興味深い話ができてとても面白かった。入り浸れるタイプの研究室で、先生も面白い人。
うちにもこんな研究室あったらよかったのに。

帰って、油と戯れる。

# 画溶液小話 そる?ぁん

Solvents 。

横文字に句点を打つ罪悪感を共有してほしい。
英語でどう読むか知らないが、フランス語ではソルヴァンと読む。なぜフランス語なのかというと別に嫌味ではなくて、美術用語はフランス語多いんだよ! それだけ!

で、この言葉、ずっと調合溶き油をさす語だと思ってました。
(調合溶き油とは、乾性油と溶剤、場合によっては樹脂や助材が混ぜられた状態のもの。そのまま描画に使用できる)

実際、確かホルベインから「ルソルバン」という名の調合溶き油が出ている(冠詞『る』をつけてる)。それを、「この場合商品名になっているが、本来溶き油全般をさす言葉だ」と聞いた気がする。

しかしウィンザー&ニュートンのサイトを見てたら、Solventsのカテゴリには溶剤が収められている。
国によってすこしニュアンスが違うのかもしれない。


ちなみにホルベ員のルソルバンは、受験生の時に「名前がかっこいい」という理由で一度買った。そんな時期が私にもありました。書き心地はあまり印象に残っていない。その後ポピーオイルを拒絶するようになり、既成の調合溶き油も使わなくなってしまったので、未だに使い切らずに棚で眠っている。
ホルベ員の溶き油には、お値段のすこし高い高級シリーズもあり、そこに上位のルソルバンもあるが、試してみる気はあまりない。だいたい、あのシリーズは存在が意味不明だ。誰をターゲットにしているんだろう。専門家や学生は、無頓着な人は油をわりと雑に選んでるし、ガチ系ファイン風な人は自分で調合する。一般の方 も、溶き油で奮発したいと思うだろうか。筆や絵具と比べて、油は直感的には分かりづらいものだから。


「~~風」っていうジャンルもいいな。
「ネオ癒し風」。
これはね、すごい。ねおいやしふー。音にするともう何言ってるかわからない。
Neoiyashihu-。罪悪感

絵具周辺のはなし ストリッパー

ストリッパーとは、乾燥した油絵具を溶かしてしまう剥離剤のこと。
筆についたまま固まった絵具を取ったり、絵のかきなおしをしたい時に使う。白濁したゾル状のもので、画溶液のなかでは見た目も途用もだいぶ特殊。それゆえか普通あまり使われない。

油絵具というのはめちゃめちゃ頑丈であるのだが、その上にぼてっとストリッパーを置いて数十分放置すると、ストリッパーをかけた部分だけ見事につるっと溶ける。これを初めて目撃するとだいぶびびる。

しかし言い換えると大変破壊力がある物なので、筆を傷めるし、絵に使った場合も残留が気になる。目止め層(絵具と麻布を絶縁するために引く膠とかの層ね)まで破壊してしまった場合、絵としての組織が崩れてしまう。さらに燃やせばオゾン層を破壊する、水に流せば魚が死ぬと、マイナー画材にして異常な存在感を醸し出している。

油絵描きなら一度は手に取った事はあるが、決して常用されない。描画材としては使いづらい、そもそもこれに熟達してどうなるんだ、という。

しかし、これは一説だが、ストリッパーが使用された名画がある。マティスの「ルーマニアのブラウス」。

matisse_015.jpg

この、手の部分の白いところは、絵具がそぎ落とされている。これを再現しようと色々試した人が、どうもこれはストリッパーだと思ったらしい。

野獣派とか絶対主義とかの時代は、絵画思想の展開に絵具の技術がついていかなかった(技法の変化が油絵具のキャパを超えてしまっていた)ので、そうとう無茶な描き方もされていた。マレーヴィチの作り上げた無対象性にしても、経年劣化で絵具がはげ落ちてしまうという物質的な面からコンセプトが壊れていく。アクリル絵具が発明されたのは、そういう油絵具では無理のある技法に応えるという意味もあった。

だから、この絵にマティスがストリッパーを使ったというのも、常識から逸脱しているように思えて、ありそうな話ではあるのだった。


何でストリッパーの話かというと、フラスコの内側についた乾性油のカスを掃除するのにあったら便利かな、と、彼の存在を思い出したからです。

法の目をかいくぐる輩

ニコニコ動画に「遊園地」が開かれた。

私は「ゲームのハードは一切買わない」と小金井の神に誓っていて、なぜかというと、手元にあるとやってしまうから。
死ぬほどやってしまう。

しかしネット上に転がっているフラッシュゲームはそのブロックをかいくぐって、目に入ってしまう。なるべく目に入れないようにはしているが、まさかニコニコで出来るとは。

でも釣りのゲームは楽しい。

一人で黙々と釣る事も出来るが、生放送主が開催する大会に参加すると、みんなでわいわい言いながら競い合えるので、単純なゲームながら全く飽きない。初めてチャットを面白いと思った。
特に深夜枠はみんな夜のテンションなので。

しかしゲーム上とはいえ、霞ヶ浦にいながら隅田川で釣ってる人とかと競ったりだの、会話したりだのというのは、空間設定的にすごいな。
大会参加中は、空間的にはより共有されている、すぐ隣で釣ってる人(知らない人)が空気以下の存在になる。
このねじれはすごい。
これについてはちょっと考えてみたい。

にらればを想定する

突然音楽を作ろうという話になってくちゃくちゃ作ってたらえらく疲れた。楽しかったけど。
打ち込みばっかりしてると楽器が弾けなくなっていかんね。

未経験(精製的な意味で)の生油に炭酸ナトリウムをぶち込んでひいひい言わせてみた

五月は紫外線が強く、また暑すぎないので、油の季節といえる。
今は下ごしらえ。

oi1.jpg

未経験(精製的な意味で)の油をフラスコに移す。こうして入れ物を変えるだけで随分印象が違う。一般的なリンシードよりも随分色が濃い、琥珀色。

oi2.jpg

熱湯を注いで栓をし、シェイクする。
卵みたいな色になります。

数時間したら分離してくるが、粘質物などが溶け出していて、見てくれはかなり悪い。

これを三日くらい日光の当たる場所に放置しておくと、水、不純物、油の三層にきれいに分かれる。これを柔らかい容器に移し替えて冷凍庫に入れ、水と不純物を凍らせ、油だけ回収する。
フラスコのまま入れると、中で氷がふくらんで真っ二つに割れるので、注意。

この写真の子は現在、油のみ回収した後ふたたび同じ作業を繰り返し、現在放置中。2度目の不純物は一回目に出た量の一割程度。

その間に、重曹から炭酸ナトリウムを作る実験をしてみる。
重曹(炭酸水素ナトリウム)を加熱すると、270℃で分解し、水と二酸化炭素を放出しながら炭酸ナトリウムになるという。

oi3.jpg

無心で火を見つめる。

ところで技法書には、油に対してどの程度量の炭酸ナトリウムが必要かがはっきり書かれてなかった。
けん化価というのは載ってるが、これは水酸化カリウムの必要量をさす物で、炭酸ナトリウムでいうとどのくらいなのか分からない。
なので、とりあえず少量でテストしてみる。

写真では重曹を6g取って火にかけている。アルコールランプでは火力が弱かったのか、なかなか270℃までならなかったが、終わってから重さを量り直したら4gに減っていた。
2gも減るものなのか。
この粉末と、もとの重曹をそれぞれ水溶液にし、リトマス紙につけてみたところ、加熱後の方が若干強く変色したので、まあわりと成功だったのかな。

しかしどっちみち水溶液にして加熱すれば簡単に分解するので、焼くのはやってみたかっただけ。

で、この4gの炭酸ナトリウム(恐らく)が飽和濃度になる水を入れ、熱し、水溶液とだいたい等量のオイルを加えて撹拌する。
ほどなく、底に沈殿物がでてきたり、油面に薄氷のような何かが現れたりする。

oi4.jpg

ぴきぴきした何か。つつくと割れる。
もっとじゃんじゃん石けんになるかと思ったら、わりと地味だった。

これをブランフィクスで濾過すれば、澄明な油になるという。

こんなゲームが……生まれると……信じてました……

時代の流れとは止められないものとしてあり、かつての思い出がいかに美しくとも、それを現在に蘇らせるのは、はなはだ困難なものです。とくに商業では。

ゲーム好きのなかには、ドット絵や昔のゲームシステムを好む人たちがあります。私もPS2が出る頃にはもうゲームをやらなくなっていたので、思い出の中のゲームはだいたいドット絵であり、そういう思い入れからこれに入ります。
そういう人たちがまたよく言う事に、「昔のゲームはよかった」「もう昔のようなゲームは出ないのか」というのがあります。

そういう人も少なからずいる状況にあっても、メーカーは昔のようなゲームを作る事はしぶるようです。そういうのは結局売れづらく、企画書の段階で「時代が見れていない」と却下されると聞きました。

たしかに「昔はよかった」とはいえ、それを再現しただけでは無意味で、進歩もなく、アナクロニズムに陥るだけでしょう。
では、ドット絵ならではの感動は、新作ではもう味わえないのでしょうか。

そんなお嘆きの兄貴たちにうってつけのゲームがあります。
「勇者のくせになまいきだ。」です。

PSP用のゲームで、最近三作目「勇者のくせになまいきだ:3D」が発売されて、少し話題になったようであり、それで私は知りました。
ニコニコでいくつかプレイ動画を見たのですが、このシリーズは素晴らしいです。

どういうゲームかというと、ゲームの主人公は「魔王」、プレイヤーは「破壊神」となって、世界征服をする。ツルハシで地下にダンジョンを掘っていき、時折訪れる「勇者」を返り討ちにし、勇者たちを全員殺せばゲームクリアというもの。ドット絵2Dパズルで、懐かしさを感じさせる画面です。

しかし、この作品の凄さは、単なる懐ゲー風に収まってない所です。これは、過去の名作ゲームのシステム、世界観、ビジュアルを踏襲しながら、それを現代の文脈に置かれるに足るほど高度に洗練させ、愛嬌やジョークとして蘇らせた、珠玉の傑作であるのです。

このゲームをいろどる、最も特徴的な要素は「パロディ」です。
怒られるのではないかと思うほど、パロディが満載です。元ネタも、あらゆるジャンルから無節操に拾っています。タイトル「勇者のくせになまいきだ」じたい、ドラえもんのパクリです(のび太のくせになまいきだ)。

ステージタイトルが「ボクの堀りやすみ」とか、「ツルハシ、ゲットだね!」とか。
いいのかほんとに。
一番ひどいと思ったのは「よーし、レベルアップしちゃうぞー」という、吉野家コピペのパロ。ネットスラングまでカバーしているとはどういうことだろう。

こういうパロディの羅列だけでもおもしろく、まとめwikiなどに載っていますが、やはりゲーム画面のドット文字で読むのが吉でしょう。

愛とユーモアにあふれる、ってのはこういうことを言うのではないのだろうか、と思わされたゲームでした。





このエンディングをみよ。

夢判断できず

めずらしく夜中に何度も目が覚め、夢を沢山見た。最後の方だけなんとか憶えている。
どこかのイベント会場みたいなところから、帰ろうと思って駐車場にまで歩いた。私の他に連れが二人ほどいた気がする。ミニバンみたいな車の後ろの席にのると、すでに運転席に知らない誰かが乗っていた。運転席の男は何気ない会話を始めながら、車を走らせた。そのときこれはタクシーだったと知った。
タクシーの運転はなめらかで、男は静かで気取らない話をするのがうまかった。
道はどこか懐かしく、一度現実で通った事がある気がする。恐らく東京じゃなくて神奈川だろう。そう思いながら、タクシーであるのならば行き先を指定しなければならない、と思った。

私は近くのホームセンターにつけるよう言った。なぜかこのタクシーで家まで帰るのは恐い気がしてきていた。それよりイベント会場で不足してる物を買って、一旦戻ろうと考え直した。運転手にしばらく待ってるように言い、車を降りてドアを閉める。が、どうも半ドアになってうまく閉められない。ドアは少し特殊な形をしていた。なかなかうまくいかずにいて、業を煮やした運ちゃんがこっちまで来て「何やってんの! こう閉めるんだよ! こう! もっと力入れて! ああもう!」と、突然キレだす。

ああ、私は車のドアすらうまく閉められないのか、と失意のままホームセンターの中に入った。そこはゲーセンだった。さまざまなゲームの中に車を運転するものがあり、連れの二人がそれで遊んだ。では私もやろうかと乗り込んでみた所、これもまた特殊な形をしている。ハンドルらしきものはなく、運転席は簡単なフレームで囲われている。座席も横長のタイヤみたいになっている。どうやらフレームをつかみながら体勢を安定させ、尻をつかってこのタイヤを前に回すというやり方らしい。目の前にあるテレビ画面には、ものすごい雪山の渓谷ステージが広がっていた。こんな車でどうやって走れというのか。

そこに、何人かのゲーマー風男女が現れた。彼らは「俺たちにもやらせろ」と言って、全員服を脱ぎだした。そして一人の男女ペアが、マシンに乗り込んだ。「ああ、これは男女ペアで、全裸でやるものなのか?」と私は混乱し、ますますやる気を失っていた。なにもかも理解できなかった。
そんな私の心境を見抜いたのか、隣のマシンから男が「さっさとコインを入れな」とけしかける。

そのゲーセンにマシンは3つだけ置かれていたが、始まってみたらゲーマーたち全員がエントリーしていた。全部で八組くらいで、マリオカートのような状態だ。私は尻を振ってタイヤを前に転がした。非常にのろかった。一方ゲーマーたちは異常なスピードが出ているばかりか、崖を使ってジャンプしたり、片輪走行で障害物を避けたりなどハイパープレイであっという間に先に進んでしまう。
どうせ勝てるわけはないのだから、と落ち着き、そもそもどういう体勢が正しいのか、ちょっとずつ尻や腕の位置をうごかしながら試行錯誤する。やがて、大きく仰向けになって、尻から背中まで大きく使って車輪を回すとスピードが出る事が分かった。しかしこれでは、画面がまるで見えない。
それでも不思議とミスすら減っていった。画面全体を見通さなくても、右下端、左下端を注意深く見ればなんとなく次の地形が予想できるのだ。「もしかしたらあのゲーマーたち、この事を伝えたくて……」
「やっと気付いたか」隣で運転してるゲーマーが言った。「流れる風景に目を奪われるな! 見るべきは先の風景ではない! 今この瞬間に全ての運命は暗示されているんだ! それに体を委ねるんだ!」八組のゲーマーは途中で待っていてくれたのか、全員が私のすぐ後ろを追っていた。ゴールが見えてきた。何かを悟った気がした私は懸命に尻を振ってスピードを上げた。しかしゴール手前の乱気流にバランスを崩され、一瞬失速した。その瞬間、ゲーマーたちは一気に抜きさって、ゴールしていった。
彼らは、初めてにしては上出来だ、と優しく褒めてくれた。

その帰り道。神楽坂みたいな所を下っていた。私は先ほどのレースについて考えていた。なぜ私はあのとき、悟った振りだけして、本当に脱ごうとしなかったのか? 彼らとはまだ勝負にはならないだろう。しかし私は、自分に負けたのではないか?
後ろから、私の連れの一人が声をかけてきた。彼は全裸だった。「ねえなんで俺全裸なの? ちょっと恥ずかしいんだけど。ありえないし。服どっかにないの?」私はイライラしていたので、「うるさい! それは恥ずかしい事じゃないんだ! 俺だって今全裸になれと言われたらいつだってなることができる!」と怒ってしまった。

私は思った。うつくしくなりたい。まやかしのベールを脱ぎ去ってしまいたい。そして小さなカフェバーに入り、小さなテーブルについた。
隣のテーブルで、おっさんがワインを手にかかげていた。
そのワインの3メートルほど奥に、おっさんの顔が浮いていた。おっさんの顔はワインをじっと見ている。
ワインは、グラスごとふわふわと溶けだして、一輪の花に変わった。
美しかった。

私のところにもワインが運ばれてきた。私がそれを手にもってじっと見つめていると、やはりそれは溶けだして、花となったのだった。
しかしまもなくその花びらも、ふわふわと散って溶けていった。
花の中から、親指サイズのタキシード姿のおっさんが現れた。


そこで目が覚めた。

水と油は仲が悪いのか?

エミール〈上〉 (岩波文庫)エミール〈上〉 (岩波文庫)
(1962/01)
ルソー

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ルソーの「エミール」。持ってるが読んでない。が、むかしある先生から内容を教えてもらった。どういうことが書いてあるかというと、人間を操作的に成長させるコツみたいな。

エミールという少年を「先生」が育てていく話なのだが、先生は直接なにかを教え込むというよりは、自分の思うように事が運ぶよう裏でセッティングしながら導いていく。

例えば、先生は年頃になったエミールを、ある女の子と結婚させようとするエピソードがある。その際結婚相手として会わせるより、もっと効果的に二人が惹かれ合う状況を作ろうと先生は考える。
おぼろげな記憶だったが、こんな感じだった。先生は用事があると言って、エミールをつれて出かけていった。その出先に女の子がいる。確か先生が用のあった男の娘とか、そんな感じ。その後もエミールは先生のお供でそこを何回か訪れ、女の子となんとなく顔を合わす。

このときの先生はこう考えていた。「お膳立てがあって紹介された異性より、直接の用はないけどにたまに会う機会のある異性の方が気になりやすい」。そして先生の思惑通り、エミールと女の子はなんだかどきどきしだして、やがて二人で会いませんかという約束をする。

しかしその約束の日、エミールは出かける直前に先生に用事を言いつけられて、会いにはいけなくなってしまった。
女の子はすっぽかされたといって大変怒った。
が、後日人づてに、エミールは断れない用事があって行くことができなかったのだと知る。(この用事というのが、何か男らしいものだった記憶がある。火事の家から子供を救い出すとか、そういう)

それを聞いて女の子は自分の勘違いを恥じ、またエミールが男らしい用事を果たした事に男らしさを感じ、誤解の解けた二人の愛は加速していく。

この一連の流れを操ったのが先生で、用事を言いつけたタイミングも用事の内容も意図的であり、また誤解であることを人づてに聞かされてというのもそうだった。本人が弁明するより、第三者が言った方が効果的だからだという。

「エミール」のラストシーンで二人は結婚し、自分たちの人生が幸福なのも先生のおかげだと信じて、「これからも僕らをよく導いてください」と先生に感謝を述べる。

death03.jpg


えーそれで何を言おうとしたのかというと、セッティングって大事という事かな。
「水と油」という言い方をしたとき、それらは相容れないものの比喩とされている。混ざらない。
ビンなどにこの二つを密閉して強く振れば振動エネルギーで一瞬乳化するが、すぐ分離する。

しかし、熱湯と油とで撹拌し、しばらく放置して分離した状態の水と油ではどうだろう。

このときの水は、油中に含まれていた水溶性の不純物が溶け出して白濁している。またロウ分なども油から分離して、水と油の境界に白い塊として浮いている。

この状態の水と油を、さきほどフラスコからビーカーに移し替えたのですが、この注いだ時に再び混ざってしまって、なかなか分離しない。

なんかデレてる。

どうしてか分からないが、フラスコに入ってる間にちょっと仲良くなってしまったみたい。

サンシックンドオイルは水となじみがいいからテンペラ混合にも使いよい、とは聞くが、なるほどここまでとは、と驚いたりしたのだった。

しかし油はやっぱりかわいいな。

宇宙を蒸留する

非常に疲れているので簡潔に書こうと思う。
丸焼きがお薦め。

無常無常

井上ひさしさんの訃報をうけてショックを隠しきれず。ご冥福をお祈りします。
巨匠がどんどん亡くなっていく。ああ。

なになになーに

世界一周旅行コミュニティの飲み会にお邪魔してみた。
普段接触する機会のない様々な人と話す。とにかく人生はどうにかなるという事を再確認す。「旅は、死ななければ何とかなる」という言葉が印象深かった。

死なないように生きよう。

桜、木瓜、梅が咲いてる

横浜。不意に時間が余って漠然としてる。駅周辺の町並み微妙に変わっている。そんななかでマイルドに加齢した。思えば今まで住んだ町にはどこも川があった。

「何が起こったんだ!」「これが愛の力だよ」

最近始めたこと1。劇団無敵のツイッター書き込み要員。しかし相変わらず何を書いたらいいのかさっぱりわからないので「醤油はヘルシー」「醤油は神」などと醤油を中心に語ってみてる。あと数日したら、もう醤油の事しか書かなくなると思うので、続恥ずかしポエム君は人選し直した方がいいと思うぞ。

始めたこと2。ハッピーアクアリウム。みくしーのアプリで、水槽で魚を飼うゲーム。マイミクのはらこに誘われたのでやってみたが、なんだかやってるみんな水槽放置でない? 魚おなかすかせてるよ。
どうやらお金をかけたり、ミニゲームで魚を運動させたりするといいらしいが、私は餌やりと水槽の掃除だけやってつつましく育てている。多分一番退屈なやりかただが、魚類とのコミュニケーションはそういうものに集約されていくのだと思う。

始めたこと3。logic8のれんしゅう。トランスフォーム機能をちょっといじってみて感動した。しかしDAWソフトは直観的には理解しづらい。むかしキューベースをいじったときは解説書すらなく、何一つ理解できないまま放り出したが、ロジックも本読まないと理解できる気がしない。こうしてみると、ガレージバンドがいかに分かりやすく作られているか分かる。

りかちゃん人形・ザ・試薬

試薬についてあらたに調べ直した所、個人での購入はかなり難しいという。なんだとう。
とくに水酸化ナトリウムは劇物なので、手続きが非常に面倒臭い。

しかし、炭酸ナトリウムなら重曹を煮れば作れるから、それでいいだろう。白土濾過も、活性白土を使いたかったが、ブランフィクス(硫酸バリウム)を持っているのでそちらでかまわない。

なので、とにかくやろうとおもえば試薬を買わずしても可能であるのがわかった。水酸化ナトリウムはともかく、活性白土には非常に興味があったので、一度拝んでみたい気もするが。

「薬局で買える」って書いてあったのになー。時代が変わってしまったのかな。

松から生まれた松脂太郎

引っ越ししてはじめて油絵を描いたが、めちゃめちゃ臭い。
既に服にテレピンの臭いが移ってる。慣れるとなんでもないのだが、久しぶりな上に、今日は画面全体にルツーセを塗ったのでけっこう飛んでる。

ルツーセというのは薄めのダンマル樹脂溶液で、乾燥しすぎた下地に手を加えるとき、はじきや艶引きを抑えて作業をしやすくするもの。これによって絵具の食いつきがよくなるのは、多分摩擦係数が大きくなるからだと思う。ひっかからせておいてから、油分が毛細管現象で食いついていく。

ルツーセはかんたんに自作できる(普段からダンマル溶液を使ってる人なら、テレピンで割ればいいだけの話)が、それでも今までほとんど使った事がなかった。某絵具会社の人に「あんなの素人の使うもの」と言われて、それを無批判に受け入れてしまっていた。その他にも、不用意に樹脂を増やす手を打ちたくないというのもあり、どうしても乾燥しすぎの地に加筆する時は、テレピンのみを塗る事にしていた。

ダンマルは石油には溶けないので、ほぼ全てのケースでテレピンに溶かすが、加筆をしやすくなる作用はダンマルだけでなく、テレピンにもある。溶解力の高い溶剤は、乾燥した絵具層の表層をすこし壊す。ちょっと「ふやけさせる」と言える。
なので、油彩用の溶剤で最強の溶解力を持つスパイクラベンダー油を、単独でルツーセとして使う事もできる。(スパイクラベンダーも別の人に『素人の使うもの』と言われたっけか。そして未だに使った事がない。高価というのもあるが)

あと、禁じ手として「水拭き」なんてのもあるかもしれない。これは激しく表面を損傷させる。
でもまずいだろうなあ。

で、普通のルツーセを使ってみた感想は、まあ想像通りというか、ひっつきが良い。ややゆるく溶いた絵具もするする乗り、インパストもしやすい。細かい事を気にしなければ、特に害もないし、まあ、特に感想はないな。


あとそろそろ紫外線の季節なので、オイル晒す準備を始めた。とりあえず湯洗い。日晒しまでに試薬が手に入ったらアルカリ洗浄してみる。でもあんまりオイルを痛めつけるとかわいそうな気もするんだよなあ。
数年前「日晒しのみ」で作ったオイルは非常にいい子に育ち、最近ついに使い切った。最後までけなげな子だった。のびのびさせるのがお互いに幸せなのかもしれない。




手術は続行だ! 

最近某なかよし 続・恥ずかしポエム君がついったーでまめに呟いてくれと頼むからちょいちょい書いてみたのだけれど、やはりすこし難しいと感じること。作法がわからない。ブログを始めた時も「どこまでならやってよくて、なにがやってはいけないのか」というのがよく分からなかった。
というか、形式的なところにもう世界の解釈の仕方が違うと感じて、かなりとまどっている。ついったーもニコニコ動画のように疑似同期されたツールと聞くが、だいぶ感覚は異なる。



ランダム。

ott

横浜から帰り、そういえば新宿にユザワヤができたというのを思い出して、寄ってみた。画材より布中心だった。
服とかも作ってみたい気もするが。雑貨とか。

五月末にまた何かやりそうなので、出し物を考える。あとアーツチヨダでどういう面白い事ができるかも平行。せっかくだから電気街を巻き込んでみたいなあ。

トラディショナル・エディション・ザ・ポニョ

横浜なう。なう。私がツイッターのもっとも面白いと思う点は、共同体が用いる話法から造語されていくところです。ついったに限らず、日本語が変化する場所には、日本語を変えさせる力のある文化があるということで。
そのことを最初に感じたのは、もはや十年以上前のこととなってしまった「コギャル文化」で、今思うとかなり狂った時代ではあったが、ルーズソックスはじめ定型の踏襲傾向がある一方、スタイルとしては全く新しいものを生み出していったと感じた。当時私は小学生でした。
コギャル世代は、バブルの空気を知ってる最後の世代にあたるのかな。今思うと消費・欲望の傾向はバブル的なものがあった気がする。その後、私のような「物心ついたら不況が始まっていた」者や、今の高校生など「生まれつき不況だった」世代は、同一的な消費があまりみられない。それはいわゆるタコツボ化ではあるのだけれど、決定的なのは「小宇宙の発達」ではなく、「そもそも大きな物語を知らない」という所にあると思う。
だから、たとえば戦争が起こったら、けっこう自然にみんな同じになると思う。

「もはや大きな物語のない時代」という言い方は、短期的には正しくて、有用ではある考え方なのだろうが、私はすこしひっかかるところもある。
物語不在の時代には、その時代を生き抜くための試行錯誤がなされる。それは必要なことなのだが、そこで産まれる成果は、あるときが来ると消滅する。
それは、ふたたび大きな物語が訪れ、人々の思考が物語に回収された時だ。

時代性は歴史性に対して非常に脆弱である、という印象は、まあ世界史がそんな感じというのもあるが、やはり自分の生きている時代がなんだかんだで大きな物語に飢えている気がするから受けるものなのだろう。今この時代は、何かきっかけがあったら、物語の中に一気に絡めとられてしまうかもしれない。そうなったとき、価値の変動に耐えられるもの、つまり時代性からある程度浮いていられるものを、その時代の中で生きながら確保することははたして可能なのだろうか。

といったことを、もっと変な日本語で考えてみたい。正確さを犠牲にしつつ、ツールで歴史をジャンプする。ブログやついったーには爆弾降らないからね。サーバは爆破できるけどさ。

四月クレバー

エイプリールフールに嘘をつきそこねたので、これからは4月1日を除く全ての日に嘘をつきながら生きていく事にします。

とりあえずロジックエクスプレスの使い方も含めて音楽を勉強しなければ。
私が今の所いいと思っている練習法は耳コピで、これは譜読みより神経を集中するしやっていて楽しい。
たとえば東方のBGMみたいに装飾的な音が多いものを、コードとメロディだけにそぎ落としたりすると、整理された進行が見えてきたりする。そして逆に、そこからどう装飾されていくのかも分かる。



こういう「弾いてみた」動画をみると、両手で装飾も兼ねているのが分かる。というか左はほとんど分散和音。

私は作曲にかかるとき、コードをいかに組むかというところから始めてるが、アレンジでどうこねていくかを予見できればそこまで進行に凝る必要もないことがある。そういうのもあって、東方の曲を聴くのは楽しい。ゲームはしないだろうけど。





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金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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