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展示のお知らせ

男流作家協会で展示やります。

場所
池袋画廊
8月25日~30日
http://local.yahoo.co.jp/detail/spot/275eb5ed1dff1d5cb06637ffb797607d/

私は在学中に描いたのを数点+ドローイングという感じですが、よかったら見にきてつかあさい。
30日は在廊してると思う。
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八月に出場するもの

マムシュカ東京への出場が決定しました。

↓ウェブサイト
http://www.dance-media.com/mamuska/


[日程] 2010年8月29日(日) 15時スタート 途中入退場自由
[入場料] 無料 (1ドリンクオーダー制)
[会場] アサヒアートスクエア
東京都墨田区吾妻橋1-23-1 スーパードライホール4F


最寄り駅は銀座線浅草駅か、都営線本所吾妻橋駅です。
屋上に金のユーエヌケーみたいなのが乗ってるあのビルです。

色々なパフォーマーが見れてたのしいですよ。是非いらして。
ちなみに我々の出し物は「鬼ポエム グレート・ギャツビーのいとも豪華なる死に様」です。内容は推して知るべし。





あと渡良瀬アートプロジェクトにも参加するでよ。

http://www.watarase-art-project.com/TOP/WATARASE_Art_Project.html

足尾町納涼祭というイベントで、ワークショップのようなことをやったり、仮装盆踊りを踊ったりするよ。
ジャモさんも物々交換所を出している。

納涼祭は14、15日に行われる。

群馬おいでよ。






追記:納涼祭14日、および15日の昼までのワークショップの内容は、みんなといっしょに神輿を作るという内容です。地元の子供たちの想像力を借りてデコレーションし、父兄のみなさまもほくほくさせるという伝統的癒しでやっていきます。私は渡良瀬征服を目論む邪悪なマッドサイエンティスト「みこし博士」としてうろうろしてます。参加費無料なり。

さらに、このできあがった神輿を、15日夕方に発進させ、町内を練り歩きます。神輿には人が(というか私が)乗れるようにしておき、神輿の上でライブペインティングしながら観衆にお菓子を投げるという、ネオ癒し派的捧神行事を行います。決まってはないけどユーストリームで生放送されるかもしれないので、そのあたりが具体的に分かり次第またここに書きます。


ちなみに15日七時半からの仮装盆踊りでは、みこし博士が真の姿(女の子)になります。これも生放送があると思う。







夏とか秋とかもうどうでもいいのだ!



Love beer!? 
明日はアサヒビールの場所でマムシュカです。

ガチャピン……

ガチャピンがボーカロイドになると、さっきニュースで知って大変驚いた。
と思ったらもう動画が上がっていた。



もう、何が何なんだ……

インターネット社はLilyを出したばっかりなのに、こんな伏兵を用意していたとは。
ちなみにりりは何曲か聞いて、真新しさに欠けると思ったが、とりあえずヒットは出ているのでよかったのかな。

夏が終わったら、俺結婚するんだ

マムシュカ本番二日前の夜。自分の練習は意外と間に合う気がしてきた。これは本当に意外で、最悪の場合、本番では叫んでのたうち回ってお茶を濁そうかとすら思っていたほどだったので、まあ意外に意外です。なんとか芸に見えると思う。

それよりも、衣裳用にせっかく描いたネコちゃんが使われなかったのが残念。でも布に染料というフラットな見え方は、やっぱりああいう絵では合ってるな、という勉強になったから別にいいんですけどね! ピクシブなどでCGが隆盛したのは、流行の主が絵具が必要ない図柄だったというのが相当にあると思う。
かわいい絵ってボディが必要じゃないではないですか。あんまりこういう事書くのもなんだけど。

MMD杯はもう大勢が決まりつつあるな。AA逃げ切りか。しかし2、3位争いはきわどそう。




クレイジークライマー




アサヒビールのやつがいいね。ここまで表情豊かな作品はいままでなかったと思う。
追記:サッポロビールでした。チルノのアタイビール動画で思い込まされていた。



ポンポコP。予選では「少年時代」がバックに流れたまま銃撃戦が始まり、そのミスマッチが面白くて期待してたのだが、音楽はシーンに合わせたのね。でもハイドラで家を爆撃するところは爆笑した。


ほかにはスト?効果音のやつとか、ペヤングとか、東方箱入娘とかがそれなりに面白かった。今回はあまり伸びてない動画はほとんど見ていないから、今後掘り出し物も見つけるかもしれない。

超絶鬼吟遊

最近あった事

男流作家協会、搬入。そして展示。今やってる。
買ってもいいのよ。

某宗教団体に勧誘される夢を見た。旧い友達が会員になってて、久しぶりに喫茶店で会ったら熱心に誘われる。私は断ったが、「いいから家に遊びに来てくれ」と言われ、いやいやついていくと、竹林の奥にある忍者屋敷のようなところに着く。家に入ると、宗教団体の会長らしき人とその側近らしき人たちに囲まれ、脅迫的な勧誘、そして会長たちは変身し、カネゴンやキングスライムなどモンスターになる。そしていきさつは忘れたが私は脱出に成功し、しかもモンスターたちの体内に時限爆弾を設置することもできた。やがて家はナチスの演説集会みたいになり、整列した大勢の会員の前で会長が「諸君、我々は世界を制覇した!」とか言い始める。そのときカネゴンの体内の爆弾が作動し、体がぼこぼこに膨らみだす。よし、このまま爆発だ! と思ったところで、携帯の着信音に起こされる。

あとはひたすら練習。
この芸、みっちり練習すれば、ぱっと見超絶技巧のように見えるのではないのかしら。しかもおそらく手つかず。
感触としては、非常に難しいが、不可能ではない。

でもパソコンのキーボード叩くのに、一瞬黒鍵と白鍵を探してしまうくらいには、疲れちゃう。
後三日。

人生が悲愴

悲愴が難しいというよりも、右手が旋律+αになっているものが不慣れなだけなのか。

現在、とりあえず楽譜を見ずに弾けるようになったが、習熟速度にやや不安を感じてきた。
これから数日、睡眠を挟んで記憶を定着させ、どれほど指になじむか。

こまめに小休憩を入れているものの、脳がしょっちゅう処理落ちし、詰まる。ピアノの演奏は脳がどれほど疲労しているかが非常に明確に見える。ギターではあまりこういうのは感じたことはない。でも楽器でなく、クラシックかどうかの違いかも。

千秋君になりてぇ。

ぴぴぴぴあっあああっああああああNO!

悲愴第二楽章は月光並みかと根拠なく思っていたら、以外と難しかった。分散和音だけどちょい複雑でした。
でも間に合うよ。六日あれば。それより鬼な秘技習得に比べれば余裕。むしろそれが間に合うか不安。

寝る前にはMMDチェックも欠かさない。




こいつはスゲエ! 投票してしまった。手打ちではないだろうが、にしても凄まじい執念だ。
ところでbad apple影絵動画は、一般的にはどれほど知られているのだろう。これはニコ厨なら知らない者はいないが、いつぞやの逆クリスマスの時には「ボーカロイドって何?」という人も少なからずいたので、認知の差は気になる。ニコ動は引用を知らないと分からない作品も多いし。

現在MMD杯トップは、やはり影絵二次創作のAAppleが逃げ切り状態。挽回不能なマイリス数ではないが、先発上位陣の伸びではやや厳しいので、2~3日中にごっつい奴が現れてくれるのを願う。

と、思い出されるのは第三回の時に終了間近で投稿されたこれ。



一週間ある投票期間の、終了40時間ほど前に投稿される。MMD杯には参加していなかった(3Dソフトが別の物だったと思う)が、デイリー一位を記録、そのままマイリスト数が伸び続け、数日以内にMMDで一位の動画を上回った。
「もしこれがもうちょっと早く投稿され、MMD杯に参加していたら……」と、微妙なものを感じていた。

王者には圧倒的な貫禄が備わっていてほしい。そういう意味では第二回の「ゲキド・オブ・ハツネ」は素晴らしかった。レベルの上がった今は頭抜けるのは難しいだろうけど、だからこその夢を見させてほしいと外野から勝手に思うよ。

渓谷で警告されて

書こうと思って忘れていた。群馬にいた時、ベースキャンプへの道のりに看板で交通標語が書かれていた。それは「アブナイ人も車も」であったが、私は必ず「アブナイ人もいる」と誤読していたのだった。

思い出して書くほどの事ではなかった。

脳は糖しか食べれないので、まんじゅうを食酢。ピアノ、なんとかなれ。
記憶力は気合いでどうにかなる問題ではなく、気合いでどうにもならない問題にはめっぽう弱い。
とにかく練習あるのみか。

ピアノを弾いて過ごす優雅な週末

アダージョは入った。あとはミスなく弾けるようになり、そして同時に詩を吟じられるようになること。
可能だと思うが、残された時間が短いのが気になる。湯河原行ってる場合だったのだろうか。

譜読みしながら弾ける人がうらやましい。憶えないと弾けないというのは効率が悪い。

寝るまでに、悲愴も少しやらなければ。新しい曲をやるときは体はそれほど疲れないが、脳が目に見えて疲労していく。
次の手を思い出しながら弾くのはとても頭を使うのだった。完全に入ってると、脊髄だけで弾いているような感じになるので、そういう疲労はなくなる。
新しい曲をやるのが苦手なのは、この疲れ具合が苦手というのもある。だからDTMに走るのかもしれない。

終末の茹で過ぎ卵

マムシュカまであと一週間。台詞の暗記、ピアノと曲芸の練習で消費される。八月中にはスピノザ読むのは無理だ。なんてこった。私は読書感想文は大嫌いだったが、提出日はおおむね守っていた。こんなことって。

それはそうと第5回MMD杯本選開始ですよ。なぜかMMD開催時期には公演がかぶって、リアルタイムではろくにチェックできない。
しかしすでにランキングにいくつか上がりはじめている。




第三回の優勝者さん。常連が決まってきてるな。もう素人は上位に入れねえ。




これも受賞歴ある人だな。




夢があるなあ、と思ったら、技術部の人たちが実際にやろうとしている事らしい。マジかよ。




正統派。




これは久しぶりにβ時代を汲んでる。


備忘のボビーとミリオンダラーベイビー

足尾の事をきちんと書いておきたかったが、疲労し、また記憶もおぼろになりつつあるので、簡潔に書いていく。

ジャモ、なおしと三人で群馬入り。ポエム君は人生で二度来るチャンスの一度目が来たので欠席裁判。十三日夕方、間藤のベースキャンプ着。わたらせアートプロジェクトの人たちがチゲ鍋的なものを作ってくれた。おいしゅうございました。夜、一人で散歩に出かける。山の奥の方に歩くと、やがて電燈がなくなり、闇となる。川の音だけが聞こえ、人間の現れる以前から変らない景色を想像しようとした。足尾は一時期だいぶ栄えてはいたけどね。途中で引き返し、今度はベースキャンプより下に行ってみる。アスファルトの上に寝転ぶ。まだすこし温もりが残っている。自然の音と、人工物にまだほのかに残る暖かさ。閉じて廃墟となった工場のゲートが照らされて美しかった。
そして廃線を歩く。闇。やがて草生い茂り地面湿る。このまま違う世界に吸い込まれるような気がして恐怖。しかしあまり嫌な感じがしないので、いい場所なのだろう。女性が夜に一人で歩いても逆に安全なレベルなんじゃないかと思った。場所によってはハチがいるけど。
川に降りてみたら、暗くて姿は見えないが動物がきーきー鳴いている。猿かと思い、襲撃を怖れて退散。しかし後で人に聞いてみたところ、それは鹿だと言われた。まれにカモシカも出るという。
神輿につかう廃材の目星をざっとつけて、就寝。賞味期限の切れた缶ビールが飲み放題である。


十四日、十時頃まで寝坊。炒め物みたいなのを作ってくれた。おいしゅうございました。祭り会場には昼は入れないとのことで、神輿はベースキャンプ周辺で作ってしまうしかないと判断。しかしここで、当てにしていた工具が不十分である事が判明。ジャモさんはインパクトはあるから大丈夫だと言っていたが、実際は小型の電動ドライバーで、力も足りず、歯ももろい。ほんとにもうっ! しかし「物理的に不可能なこと意外は、単に気合いの問題」を信条としているので、まあいつものことだとビスを無理矢理ねじ込んで行く。構造を作り、戸板のガラスを割ってキャンバスを張る。体力を予想以上に消耗しつつも夕方頃構造はできあがる。あとはデコレーションのみ。
日が沈む頃になって、祭りが始まるというので通洞駅付近まで降りる。櫓も立派で、想像以上に賑やか。私たちはこのお祭りがどのように進行されるのかをほぼ全く知らずに来ていたので、やや無謀であるが、まあ明日なるようになるべと思ってビールを飲んでいたら、なりゆきでフェイスアートを手伝う事になったと。

DVC00001.gif


これは非常に勉強になりました。
あと屋台のお好み焼きがとてもおいしかった。おいしゅうございました。

また祭りが始まる前に、三人で廃墟に忍び込んだ。
工場跡で、大量の瓦礫が放置され、荘厳な空気。圧倒される。長い時間にしか作れない神秘的な空間だった。こういうのを見てしまうと、人間ごときに作れるものが一体なんであろうと思ってしまう。が、子供たちの笑顔を見るとそうそう捨てたものではないなと思い直す現金な奴だよどうせ。
また工場の中の壁に「けいおん!」の唯の顔がプリントされた紙が張り付けてあった。マーキングか。廃墟マニアはけっこう多いと聞く。
帰り際に、スズメバチの巣を発見してヒヤッとする。僕は昨日ミツバチに刺されたばかりだ。



十五日。早起きして近くの廃墟に忍び込む。恐らく巨大なタンクが埋められてたであろう大穴がいくつもあいてる。地面には緑青がころころ転がっていて、ああ、銅つくってたんだな、と思い出させる。ばっちいかもしれないので触らなかったが。
ベースキャンプに帰ると、母親との関係にコンプレックスがあるというお姉さんがスコーンやチョコレートソースを手作りしていた。その気合いに敬意を示す。おいしゅうございました。そして昼下がりまで神輿づくり。学校の講師をしているというお姉さんが手伝ってくれた。はかどる。しかも昼にそうめんを作ってくれた。おいしゅうございました。
神輿の正面に、ジャモさんがステンシルで「劇団無敵」と入れる。これは普通養生テープでマスキングするが、なかったのでクラフトテープを使っていた。「それでうまくできるもんだねえ」と言うと、彼は「弘法筆を選ばず……ステンシル職人………テープを選ばず!」と、ちょっと得意そうだった。また文字だけでは寂しいので、私が昨日憶えたスティッチを油絵具で描く。意味はよく分からない。

さて完成したみこしを、5キロはある山道を降りて行かねばならないのだが、現地までの担ぎ手が三人しかいない。しかしこれを運ぶ以外に選択肢はないので、しかたねえやるしかねえ、つって担ぎ上げる。
十歩ほど歩いて、すぐに、大変な過ちを犯してしまったと思った。
重すぎる。

三人というのは、二人よりはなんぼもましだが、バランスが悪い。
ただでさえ重い上、どうしても一人に重量がかかる。
数百メートルごとに休憩し、場所をローテーションしながら運んだが、普通に歩いても一時間の道である。想像してほしい。
書くと短いが、二時間以上これを担いでいた。心の中にシベリア抑留とか、マルクスの時代の労働者とかを思い浮かべ、それに比べれば天国だと思いながらやり過ごす。
しかし三分の二ほど消化した足尾駅で、わたらせアートプロジェクトの人たちが助っ人に駆けつけてくれた。あれは非常に助かりました、ありがとうございました。六人いれば、休憩なく長距離を歩く事ができる。無事到着。「ポエム君やもっちーが来れてたら、だいぶ楽だったのかな」と私が言うと、ジャモさんが「いや……二人に……迷惑を………かけずに済んだ………」と言った。まあ、この無茶っぷりは面子がそういう人たちだから実行されたという感はある。
しばし休憩し、仮装大会はじまる。ふんどしを履き、白衣を着て、化粧する。ジャモさんは体に布を巻き、顔と胴に白の絵具を塗った。どこかの部族の戦士にしか見えない。なおしは腕にiPhoneを巻き付け、頭にミニアンプを巻き付け、デバイス系仮装と言い張る。仮装大会の趣旨は、仮装状態で出場者が盆踊りを踊るというものだったのだが、まあ神輿をかついでいるので前提から破綻していたし、統一感が一切ない。神輿に据え付けられたキャンバスには子供参加型お絵描き会を戦略的に放棄し、「涼」と一文字大きく書く。
そしてしばし暴れ、お菓子を投げ、子供の思い出の中に住もうとする。
ちびっこが二人ほど、乱入してきていっしょに担いだ。そのほかにも、親に「担ぎにいっていい?」「あれの上に乗っていい?」と聞いてる子もいた。私は「いいよ! 来なよ!」と誘ったが、その瞬間子供がフリーズしてしまった。無理もない。俺も子供だったらそーなる。
あとね、胸は作りませんでした。昨日フェイスアートをしながら子供の純粋な笑顔に触れて、彼らの夢を壊してはいけないと強く思ったのでした。ふんどしだけなら祭りと連続性があるし、愛嬌でまだ許されるが、胸は変態に成り下がる。アングラではいけない。汚れた大人になるという事が何を意味するのかを子供たちに教えるのは、私である必要はないし、今である必要もない。そうして、私は珍しく己の間違いを認めた。

仮装も終わり、私はグロッキーになり、残る問題は、この神輿をどうやってベースキャンプまで持ち帰るかということなのであった。
今日はもう無理なので、会場付近に置かせてもらって一旦帰る。帰り道、一番疲労していたのは私だった。背があるせいで神輿の重さがかなりかかっていたようだった。


十六日。作ってもらったのはたしかおかゆだった。おいしゅうございました。なおし、用事により戦線離脱、帰還。ジャモさんとともに神輿のある場所まで行く。
かつぐのは不可能とし、いかに人力を使用せず位置エネルギーを高めるかを思案。ちょうど一日に数本しかないバスが出るようだったので、装飾をひっぺがしてバス停まで持って行く。
しかし、祭り会場のバラシをやっていたおっちゃんが来て、「そんなの入らんよ!」と発す。
我々は一瞬絶望する。
が、おっちゃんは続けて「車出してやるよ、乗っけてけ!」と言った。
ジャモ「あのおっさん…………モーゼだ!!」

バンの荷台に神輿や端材を積み込み、私はその上に座り込んで、発車する。「座ってるだけなのに、これだけの荷物を載せて山を登れるなんて……」と、近代文明に感動した。数日で感覚はだいぶ変っていた。

神輿の解体はベースキャンプで粛々と行われた。絵画系の人はあまり作品を壊す事はないが、舞台やこの手の物には「お別れ」がある。短い間だったけどありがとう、みこし。
バラシもしんどいし、昼だったので日差しがきつかったが、これは心を無にしていればいずれ終わる仕事なのであまり精神負担にはならない。

帰りの電車がある時間まで、バーバラさんという女装ダンサーをやってる人にスリ集団の話を聞いた。上野のホームレスの一部にはスリの専門家集団がいて、バーバラさんはそこに取材をしたことがあり、知り合いなのだという。その連中は昔のヤクザみたいに一応仁義を持っていて、盗っていい人といけない人の見分けなどもしているらしい。昔は上野でスリをしたい人はその集団に挨拶することになっていたようだが、今は勝手にやる奴が増えていて、いわく「俺たちも困ってんだ」とのこと。
そしてバーバラさんが上野で財布を落とした時、スリ集団は「そりゃ大変だ」と言って、一緒に探してくれたらしい。


そうこうしているうちに電車に乗り、尻に穴のあいたジーパンからふんどしが見えて、やだなー恥ずかしいなー、と思いながら、帰宅した。

簡潔に書こうと思ったのにわりと長くなった。まあそれだけいろいろ沢山経験させていただきました。
特にちびっこ達には多くを教わった。ありがとう足尾。


一瞬純粋休

今なぜか湯河原におりますが、初めて来たんだけどここはよいですよ。箱根よりいいかも。
すぐ帰りますがね。

帰還中

生きて帰れることに感謝する。仮装大会では神輿をかつぎ回って四位。お菓子も投げてちびっこ大はしゃぎ。しかしその笑顔を勝ち取るためには、非常なる試練を乗り越えねばならないのだった。
つづく

拳に美を

わたらせアートプロジェクト本部は納涼祭ではフェイスペインティングをやっていて、私はそれを知らずに会場に行ったのですが、着くなり「無茶振りだけど手伝ってくれ」と言われて書くことになりました。

お客は小学生くらいの子が主で、スティッチのリクエストが多かった。
スティッチならそらで描けるようになってしまった。
でも「子供たちの夏の思い出が、この一筆で決まってしまう」と思うと非常にプレッシャーで、ちょっと必死でしたよ。キャラクターなんて普段描かないし。
一時間ちょいでくたくたになる。

しかしまあ、気づいたらテキヤになってるという人生もまあ悪くないですよ。楽しかったし。

あと男女の精神の在り方の差とかもよく見えて、観察する面白さもある。ギャングエイジの男の子はわりと積極的にコミュニケーションをとってくるが、女の子はほぼ100㌫大人しくじっとしてる。この反応は、性格にはほとんど依存してないと思った。

帰り道でジャモさんが「以外と………かわいい子が…………けっこういた気が………」と呟く。それは確かにそうだったのだけど、私は筆を持つと絵の事しか考えられなくなるので、わりとそういう意味ではときめきはなかった。まあ少女の手や頬に合法的に触りたい人はフェイスペインターになればいいのだけど、そういう邪念のある奴はその位置まで到達できないと今書きながら思った。

あと、なおし君が野マーキングしたので、たまたま近くに生えてたうぶげいっぱいの柔らかい葉っぱを「ケツ拭き草」と名付けた。


みこしは明日15日であるが、どうなるかは全く不明。

足尾の生活

みこし作ったり、廃墟に入ってみたり、夜の廃線を一人で歩いてみたり、悲しい夢をみたり、自転車でこけてひっくり返ったり、そうゆう感じで祭は七時から始動。ベースキャンプがだいぶ奥の方ですこし心配だったが、通洞駅前はちゃんと町だった。みこしは明日、主宰さんのはからいにより、警察署などに一切手続きをしない黙認という形で公道に出るので、放送とかないかも。

まとう

にあるベースキャンプ到着。廃屋になっていた日本家屋を再利用したもので、非常に私好み。夕方から廃墟をめぐって資材集めの予定。
あと廃線の橋の上で調子に乗ってはしゃいでたらハチに刺された。ぶーんしゃか。

群馬行ってる

現在館林なう。道程長し。荷物が思い。人の恰好をした物たち

正解はある

アルビーニのアダージョ、および悲愴の第二楽章、あと2週間で弾けるようにしないといけない。一部ではあるが。
「やや勿体ぶって」とか「勿体ぶらずに」とかいう発想記号は、なんかいいね。心構えというよりか、気前の問題みたいで。脚本にもト書きでこんなこと書いてみたい。

あと祭りで使う画布はジャモさんがロールで拾ってきてくれたのだが、「何も塗られてない」と彼が言うのを「地塗りされてない」のだなと解釈し、アクリルジェッソを1800みりりっとるも買ってしまったのだが、今日アトリエへ見に行ってみるとばっちり塗られていた。どういうことだ。あれは「何も描かれてない」という意味だったのか。にしても不親切な言い方だったのでは。とにかくこのジェッソをどうすればいいんだ。盆踊りのフィナーレに浴びろってことかな。神よ。でも俺もうアクリルを体に塗るのは嫌なんだよ。かつてハタから見たら嬉々として白塗りで転がり回っていたような場面もありましたが、本当はとっても嫌だったの。恥ずかしかったの。お肌が荒れるし。それに恥ずかしいし。でもまあ、どうでもいいやと思いはじめた。誰かが浴びせようとしてきたら逃げればいい。

キメラ計画

今ふんどしを作っているんだよ、女装のために。
昨日オカダヤに行って服飾材料をねらねら物色したのだけど、こういう、今まで触れる機会のなかった小物がずらずら並べられているのは新しい世界を開けさせてくれるようで大変心ときめくものがある。初めて東急ハンズ行った時のような。

それで色々物色するうち、紅白のぼんぼりとか見つけて、超絶まつり神聖ふんどしのインスピレーションを得たわけです。本当はジッパーをたくさん付けたりしてスティッキーフィンガーズしたかったけど、多分技術的に不可能なので、戦略的に回避する。開いたら困るし。だって女の子なんですよ!? いや、キメラか。ちょっと今自分の中でも心の整理ができていない状態で、そういう葛藤を身体によって表現させましたっていう冴えない学生がいかにもやりそうな事を今やってるのですが、でもまあ服飾もやってみると大変おもしろいものであるよ。

あと心優しいさのじ画伯がメイク雑誌を貸してくれる事になった。でも彼女には「かわいい系でたのむぜ!」と言ったままで、その後の戦略的キメラ方向転換が伝わってない。だがそれがいい。少女の顔、男の肉体、偽の乳、神のふんどし、少女の心でキメラ完成ですよ。少女だけ二つ入ってるので判定で癒しになるはず。
でも神輿の上でトランスするシャーマンとしてはそれくらいで丁度いいよ、やっぱり。

女装と骨学

きたるべき仮装盆踊りにそなえて、胸パッドを買った。そして帰ってから装着したりしてみたんですが、どうにもフォルムに違和感がありますね。
ないはずの量が体にくっつくと、全体の調和が一気に損なわれる。
私はあまり筋肉質な方ではないが、胸がつくと腕のゴツゴツとか太さとかがえらく気になり、また胸から背中へと回り込むボリュームも女性のそれとは遠い。胸囲は90センチあって、お肉はあんまりついてないので、骨格がアウトだという結論が出た。

カズヤ風に言うと「救いはないんですか!?」

人体を解剖したことのある親戚が、以前「体型に関わらず、女性は男性より脂肪量が多い」と言っていたことがあったが、なるほど筋肉や骨が隠されていることは、胸が美しく存在するのに必要なのだなと分かった。

体のパーツの関係性は、まあ見慣れてる物と見慣れてない物で違和感の差は当然出てくるのだけど、人体というのがそもそも機能美的な造形になっているので、附加させた物を調和させるのに非常な工夫と努力が必要なのはまあ考えてみれば当然であるな。男は黙って狩りに行ってろという事か。

しかし、人間は造形そのものだけで美しさを見てるのではない。
それは、フィギュアスケート選手が演技中は実際の何倍も輝いていることから見て取れるように、造形を起点とした表現体を人は見ているのである。
私が女装を行うのは、盆踊りというお祭りの会場である。
祭りという空間は、人間の精神を高揚させ、判断力を狂わせ、意識の跳躍を容易にする。
そのような場では、日常空間で不可能なはずの多くのロマンスが可能になっていく。

というわけで、私は「少女」というテーマから戦略的に方向転換し、キメラ的な魅力で男心を惑わしていきたいと思います。

ラジオ頭



十時間ぶっつづけでゲーム音楽を紹介するというラジオがニコニコ動画に転載されていた。
聴きながらドローイング。

ラジオを聴きながらドローイングをするのはとても楽しく、また非常に集中する。絵を描くのとラジオを聴くのは恐らく脳の使う場所が違うので、平行して処理することができる。また描いてる感じ的に、脳の二カ所どちらも使われている事による相乗効果のようなものも生まれているような気もする。ようなような。

今はラジオを聞く事はあまりなくなってしまったが、むかし「伊集院光の深夜のバカ力」や「爆笑問題カーボーイ」を聞いていた事もあった。これは時間帯が深夜だったせいか、やがて両親に厳しく禁じられた。しかしラジオを聞くのは非常にいい事だと私は思うよ。テレビは脳をあまり使わせないわりには広い部分を拘束していて、テレビを見ながらだと生理的な行動しかできないが、ラジオは聞きながら絵を描ける。そういう風通しのよさがラジオにはあるような。ようなような。
また、昔ほどラジオが共通の体験になることはなくなってるが、全くなくなったわけではない。

ちなみに初めて聞くようになった番組は、FMヨコハマのJ-POP番組だった。当時中学生でした。一瞬そういう時期があった。

ほほほるるうー

非常に平滑な白亜地をやすりながら、「つるぺたって言うな!」とか一人で言いつつ、いまのはさすがにやりすぎだなと思い直す冷静な判断力で新しい白亜塗料を作るのだが、持ってた白亜を切らしてしまった。私は市販の白亜は使った事がなく、大学の技法や材料を研究しているエキセントリックな教室からいつも買ってたのだが、切らしてしまうのを見越して某ほるほる社製のやつを一瓶買っていた。
それを使ってみたのですが、どうもおかしい。膠に沈むとだいぶ色が沈んでる気がする。定量を入れる頃にはそれは明確となり、撹拌したら白と言うよりはベージュに近いものになった。どうしたの白亜ちゃん! また嫌な事があったの!? おろおろ。板っ切れに塗ったりしてみて様子を見たが、どうにもならず。これはとても恐くて使えん、と冷静な判断力で合掌して謝りお蔵入りにする。
白亜は腐るほど埋蔵されてるし、どこのメーカーでも一緒だろうと思ったが、ほるほる社はもうちょっとプライドを持ってもいいんじゃないんですかね。

この際だから、沈降性炭酸カルシウムを使うと、どれほど不具合が起こるのか実験してみたくなった。
略して炭カルと言うが、これは白亜ちゃんの妹で、このほか日本画で使われる胡粉などもすべて主成分は炭カルである。
沈降性とあるものは、化学的に合成される。これは粒子が細かすぎて地塗りには不向きとされている。

炭カルの主な用途は油絵具へ混入して増量することである。もともと絵具の中に、調整材としてある程度入っていることが多い。白色だが屈折率が油と同じなので、湿るとやや無色透明となり、効きすぎる色を弱める、扱いを容易にするなどの効果がある。

大作や受験などで大量に絵具を消費する場合、この炭カルをパレット上で混入して水増しするのがコストを下げる手としてある。

これをすると乾燥が早くなると言われるが、実際にはまちがいで、遅くなってしまう。なぜそういう誤解が起こるかというと、粉を混ぜるので油の比率が下がり、加筆はしやすくなるから。私大の受験の五時間制作では、マンガン/コバルト系シッカチーフを使っても油の乾燥はあまり期待できず、油分を下げるか樹脂を入れるかしかない。しかし準備をする時間と炭カルを避ける金銭的余裕があるのなら、油抜きのみの方が発色を損ねないのでいいと思う。

この炭カルだが、受験生の頃に使い切らなかった分が、まだそれなりの量残っているので、板っ切れに上塗りして耐久テストしてみても面白いかもしれない。

そんな日曜日。



わがままを言われて困りたい

白亜塗料というのは非常にわがままちゃんで、処方量をミスったり扱いを間違えたりするとまるで仕事をしてくれない。比較すると、油絵具ちゃんは、ちょっと休憩して煙草を吸ったりしても、いい子にして待ってる。しかし膠で練られた白亜ちゃんは、ちょっと目を離すと膜を張ったり、固さが変ったりする。仕方ないから膜は避けて使うべと思ったら、あっという間に細切れになり分散、いくつか地塗りにまぎれてしまい、くそう何という凡ミスだ、という今現在。

でも白亜ちゃんはね、みんなの憧れシルバーホワイトやチタニウムホワイト(お嬢様風)と同じ白色顔料に生まれていながら、体質顔料なので、「やーい体質! お前が来ると色が濁るんだよ!」っていじめられたりしてて、それでちょっと気難しい子になっちゃったのね。だからしっかり愛をもって接せないとすぐ怒る。「中途半端な気持ちなんでしょ! もう知らない!」つって。しかし丁寧に地塗りを重ね、紙ヤスリで磨き上げると、えも言われぬなめらかで美しい白亜地が出来上がる(メガネ取ると美少女)なのを私は知ってる。デレさせるのが非常に高難易度な分、すさまじく奇麗になる。さらに体質としては決して前に出ることのない彼女だが、フランドル技法(グレーズのみの、透明水彩の油彩技法版みたいなもの。ファン・アイクなどが使っていた)によって透層されると、絵の輝きの源となり、主役に躍り出る。まるで文化祭の演劇の出し物に半分いじめで主役にされたのに、本番では(メガネ取って)めちゃめちゃ輝いててみんなびっくりした的な。上に乗ってるバーミリオン(スケ番)とかが「ケッ……これじゃ、あたいらが引き立て役じゃんか……」って、悔しそうに笑うような。ちなみにシルバーホワイトとバーミリオンは仲が悪く、廊下ではち合わせたりすると反応して黒変する。

そんな白亜ちゃんだが、常に孤独なわけではなく、力になってくれる友達もいる。同じ白色顔料のシルバーホワイトはやや孤高なオーラをかもしていて白亜ちゃんにはあまり関心がないが、チタニウムホワイトはけっこういい奴で、白亜塗料に少し混ぜて使うこともある。これは非常に色の効きがいいのと、毒性がなく粉末でも扱いやすいことによる。チタン白混入で明度が上がり、油に濡れたときの沈みも減る。そう、白亜ちゃんが一人で泣いてるときとかにもチタン白はそっと肩を抱いて、「あなただって油彩技法に欠かせない存在なのよ、一緒に下地になりましょう?」ってはげましてあげる、そういうやさしい子。よかったね白亜。
しかし私のパレットではシルバーホワイト嬢が大暴れしているので、チタンさんは出番皆無だったりする。


ところで、誤解のないように弁解させていただくと、私は絵具を女の子に例える事で楽しんでいるのではなく、絵具とたわむれる感動が伝わりやすいようにあえて擬人化しているのである。私にとっては絵具に囲まれることは、一般的な男性が女の子に囲まれる時に感じるようなドキドキがあるという、そういう事を言いたいのです。
人類には、そういう形の幸福も許されている。

乾く喉 吸わない体

無敵の練習がつぶれたので、ダンゲーキサムーヴィの練習にお邪魔する。朝九時走るが、食べ物を食べておらず、飲み物だけ飲んでいて、胃の中でじゃぼじゃぼ言ってる。家を出る前に飲んだ野菜ジュースすらまだ吸収されておらず、恐らく体は万全ではない。疲れた時に必ず出る右頬のおできも出現しているので、気分のわりに体は疲れている様子。でも動き回ったりする。

帰って、久しぶりに板絵でも描くべえと思い立ち、膠とたわむれる。
膠って不思議な子。

あと金印ほったらかしにして内田樹、石川康宏共著のマルクス本を読んでるけど、マルクスは非常に酔わせますね。正確には、マルクスで大興奮している人を見ると酔いが移る。昨日は酒飲みながら読んでたのもあるけど、ちょっと全共闘の人たちの気持ちが分かったよ。「俺は今目覚めたのだ!」的な感じになる。
はずかしながら二次文献はまったく読んでないのだが、ときめきを教えてもらってる。ありがとうマルクス。

あと夏休みの課題図書を決めました。スピノザの「エチカ」です。私は汎神論をマスターして、油や絵具ちゃんとより深いコミュニケーションを取れるようになろうと思います。読書感想文も書きます。一枚の原稿用紙に「すごいと思いました」を5回くらい書いたあの日の夏。私は小学生の頃は読書感想文が死ぬほど嫌いで、なぜなら無から作らないと本音が語れない。そして創作物語文では「肛門をナイフで突き刺してえぐる」などと書いて喜んでいる子供だったので、読書感想文なんか書けるわけがない。このトラウマは後を引き、高校の頃は読書感想文の課題なのに読書感想文を書かなかった。バーの小話とか書いた気がする。その学期は赤点だった気がする。でも卒業できる。それが分かってたので、苦しまずにすむように生きてきたけれど、今直面する時が来ました。読書感想文書きます。人生を賭けて。

ごっちんごっちん

ポエムを牡蠣溜めなければならない(牡蠣を溜めるんじゃなくて、書き溜めるのね。牡蠣溜めたら腐っちゃうからね。夏だし。ふう。かわいい女の子になってしまいたいな。あと最近、金印が実は偽造だったっていう本を読んでるのだけど、あまり金印に興味がないのでちょっと困ってる。これを貸してくれた人は『これを読むと、金印は実は偽造だったんだぜー、というような事を言えるようになる』とか言ってたけど、そういうこと言う機会がはたして俺みたいな人間に巡ってくるのだろうか。疑問だ。それともこれで脚本を一本、いや、そう書いた瞬間ありえないって思っちゃった。私に書けるのはラブコメだけですからね! お笑いですよ! なら擬人化して、金印と、そうだね何がいいかな、見つけた農民かな。農民『こんな所に隠れていやがったか……本当は見つけてほしかったんだろ? もうこんなにキラキラ輝いてるじゃねぇか……』金印『発掘されちゃうよぉぉぉぉっ!』つって。牧歌的だな。まあ江戸時代だし。といった気分で読んでいるのですが、まあ書物というものは自分に必要な知が蔵されているかどうかなんて読んでも分からんものですから、読むだけ読んで肥やしにしておくつもりではあるが。しかし金印ねえ。うーん。しかしなぜ金印についてこんなに考えているんだろう。もしやすでに一般的な水準を超えて金印に興味が出始めているのでは! なんということだ! さっきまで『金印マニアに遭遇したらどうすればいいんだろう……』とか思ってたが、気がついたら自分がその金印マニアになっているということもありうるというわけで、人は変化する自分には気付けないということか。こうして皆道を踏み外していくのだな。何の話だっけ。そうだ、牡蠣を溜めるんだよ。うーん一生に一度でいいから『牡蠣を溜める』という行為をしてみたいですね。どんな行為なのか知らんけど。人生何事も経験というか、肥やしになるので、やってみたいです純粋。しかしリスクとしてはやはり、いつの間にか牡蠣溜めマニアになってしまうということです。それがおそろしい! 『もうっ、またこんなに牡蠣を溜めて! こんなに溜めてどうするつもりなの!』って怒られるのね。でもそのシチュエーション楽しいって思ってしまった俺は既に牡蠣溜め見習いくらいにはなってる。終わりはじめてますよ! すでに牡蠣は溜まりはじめているのです! この恐怖をどうか共感してほしい。牡蠣ってのはつまりじゃあ、精神的な物なんですかね。くそっどういうことだ! この牡蠣が比喩する何かがみんなに共有された場合、『最近牡蠣溜まっちゃってさー』みたいな会話が生まれるのか。いや、俺が思うにね、そんな受動的に蓄積するものじゃない。牡蠣は溜めなければいけない。そう、カキタメスト(牡蠣を溜める人、牡蠣溜めす人と書く)は、牡蠣を溜めるために努力を惜しまない。社会の目は冷たくても、分かってくれる人はきっといる! なんて馬鹿な事を書いてたら今やりさん(サックス吹きの笛のおねえさん)からメールが来て、マムシュカのBGMをどうするかというお話。牡蠣溜め系がいいな、とか言ってしまいたい。現実世界でもこのノリで通したい。しかし不可能なので、人間と意思疎通できる言葉を使う。はい、メールを返しました。そしてブログかいてる場合ではないのでおわり。最初に話したかったことが何も話せなかったな! 世界は狂っている!)

かくかくかく

マムシュカ用の脚本を上げる。わりとロマンチックで甘口になったな。この冬まで男性器のかぶりものとか作らせてたのに、何だろうこの変りようは。

でもしばらくロマンチックでいたい。この期間にできるだけ心を清めたい。

それはそうと、第5回MMD杯の予選が始まってますね。

植物! チーズ工場のおばさん!! 波動!!!

聞いてくれよプラスドライバー! 俺のマイナスドライバー思考を! アリさんは一生懸命働くがキリギリスがバイオリンを弾いてますよね? でも冬のはじめに、キリギリスがバイオリンと喧嘩しちゃうの。キリギリスいわく「アリはアリさんって呼ばれる事もあるのに、どうして俺はいつもキリギリスって呼び捨てなんだ! 呼ばれたいんだよ、キリギリスさんって! お前だけでも俺をそう呼べ!」するとバイオリンは「じゃあ私の事、バイオって呼んでくれるならいいよ」と言いました、二人はがんばってお互いの要求に応えようとしたが、そんなのは不自然だってアリさんが言ったせいでお互いに気まずくなってしまって、だんだんつまらないことで喧嘩をするようになる。そしてキリギリスは車に轢かれて死んだ! 葬式でバイオリンは泣いた、どうして喧嘩したままでいたんだろう、謝る事もできないまま二度と会えなくなってしまうだなんて、つってわーんってなってっちゃって、そしてアリさんバイオリンの肩に手を回し、今日だけは俺の胸で泣きな、つって。そして式場に、俺はサンタの格好でマイナスドライバーを手にして踊りこんだんです。「メリークリスマス!」って。だってクリスマス近かったし。すると普段は文句も言わず重労働に耐えていつもニコニコしてる温厚なアリさんがぶち切れて、常識をわきまえろ馬鹿野郎って言われた俺は素直に帰ってしまった。俺どうしたらいいんだろうね。いや、アリさんは正しい事言ったよ。彼はいつも正しい。でもね、常に正しい人というのは、逆に非常に邪悪なんだと思うわけですよ。人間は正しい事を言うとき、邪悪になるんです。そういう悪い気は蓄積する前になんかしらの方法で中和しなければならないので、俺はときどき非常識な悪事を働いてバランスを取っているんです。しかし分かってくれる人は少ない! 虫の息だ! いや、そんな言い訳は欺瞞だ! というわけで、俺はつつましく生きる方法を学ぼうと、後日お菓子を持ってアリさんの巣に行って謝って、弟子入りさせてくださいって言ったの。そしたらアリさん「いや葬式の件は過ぎた事ですし、あの時は僕も酒が入っていたのでついかっとなってしまいましたよ気にせんで下さい、あははっ」と言うので俺はいらいらしながら笑ってたんですが、よく見てみるといらいらしながら笑いながらマイナスドライバーを振り回してました。あっ終わった、もう俺とアリさんは二度と仲良くできない、そう思ったので、もういいやどうにでもなれっつって「メリークリスマス!」って叫びました。家に帰ってから、おかしいな俺は悪い気は中和してきたのにどうしてちょっと邪悪なんだろうって悩んでたら、お腹が減ってきたので、なにか簡単な物を作ろうと台所にいったんですが、もう何も食べ物がのこってないんですよ。うわっやべえ、この季節は食べ物取れないし詰んだのかな? アリさんは食べ物を備蓄してるけど、絶対に分けてくれない、それくらい俺も知ってる。困り果てたのでバイオリンに会ってみた。俺がいきなり尋ねてきたのでバイオリンも困ってました。俺とバイオリンは普段は全然つきあいがないので、それはそうでしょう。「食べ物が底をついたから分けてくれ」と言うと、バイオリンは「食べ物はないけど、シャガールのリトグラフがあるから、これを売ってなにか買えばいい」と、一枚くれました。いいのかい? と俺が聞くと、それはキリギリスのものだったし、彼のものは売る事にした、なぜなら彼の遺品で残しておきたいのは自分自身なのだから、と言い放って、おいノロケかそれはふざけやがってっつって俺が言ったら、なんだかキリギリスの事を思い出してしまったのか目に涙をためて、湿ったため息をついて、そうよねわたし馬鹿よねつって、それで俺はね、そうね、リトを売りに行きました。近所の骨董品屋に行ったんですが、小林秀雄が店番をしていて、死んだはずの小林秀雄がなぜ? とはなはだ疑問だったのですが、おなかが減ってたのでとにかく金に換えようとリトを見せたんですが、小林は一目見て「そいつはにせもんだよ」と言う。俺びっくりしちゃって、くそってなって、マイナスドライバーを抜いてしまったんです。すると小林はびっくりして、「そのマイナスドライバーをよく見せてくれ」と言います。俺もびっくりして、言われるがままに見せたら、小林はそれを手に取ってみて、それからびっくりして「これはびっくりだよ」って言うんですから俺もびっくりですよ。そんでしばらく二人でびっくりびっくりしてたら、なんか楽しくて、二人でくすくす笑ってて、ああ俺今ちょっと幸せだなって思いました。


ちばぁ行ってきた

館山にて、メゴチ数匹とキス2匹を釣る。キスの一匹は22センチくらいあるもので、シロギスとしてはけっこうでかい。やったね。
最終日にはメゴチが一匹だけ釣れて、それは持って帰ってきた(キスは先生にあげてしまった)。(キスを先生にあげるって書くとなんだか蠱惑的ですね)(しかし他意はなかった)(変なタイミングで突然バカンスに行ってもうしわけない。明日マムシュカの脚本書きます)
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金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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