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謎の共演

今日見た夢。
私は職安にいた。就職したはずの193もいて、なんだか死にそうな顔をしている。多くの人は死にそうな顔をしていて、景気は悪いようである。やがて職につけた人は帰っていったが、うまくいかなかった人たちがトイレで首を吊りはじめた。そしてよく見ると、死のうとしてる一人はピアニストのアルゲリッチだった。私は声をかけ、死ぬくらいだったら俺の劇団に入ってみない? と誘った。こうして私はアルゲリッチに即興劇を教えはじめた。

場面飛んで、どうやら貴族の社交パーティのような状況。ホストがリチャード・ギアで、貴婦人たちの花形がジュリア・ロバーツという「プリティ・ウーマン」的キャストだった。今思い返しても、なぜこの面子だったのかまったく分からない。
しかし雰囲気はややお高く止まってすました感じだったので、どちらかというと「プライドと偏見」を思い出させる。しかし社交パーティの会場は、学校の体育館みたいなところで行われており、社交というよりワークショップのような印象もある。そんななか、私は教育を終えたアルゲリッチに「ジュリア・ロバーツを蹴落としてリチャード・ギアを射落とすんだ」と指令する。

そこで目が覚めた。
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条件がすべて説明する

過去に書いた数年分の文章をざっくり読み返したが、非常に連続性に欠ける印象を受けた。同じ人間に思えない。

一番文化的な記事を書いていたのは大学2~3年の時期で、ダルデンヌの映画の評論とか現象学の話とかを熱心に書いていた。最近の日記になればなるほど、少女になりたいとかピカチュウになれたとか、そんなのばかりになる。

ある程度文章が溜まったので本を出す予定であるが、拾える文章があるか遡ってみたのだった。しかし時期と気分によって書かれている事が全然ばらばらなので、一冊にまとまることを考えると恐くて使えない。

私はアンチ・アイデンティティ論者なのだが、趨勢に逆らっているとそういう代償も支払わねばならず、つくづく難儀な生活を強いられている。人生なんてキス魔おじさんだよ。

また、秋に公演を打とうと脚本を書くが、計画していたカリギュラオマージュもネオ癒しサロメもとりあえず先送りし、シャトー2Fというハコにうまく対応できるものを新たに書きます。ちなみに先方の都合でまだここでやれるか決定しておりませんが、やる前提でお話を進めたい。

マンジャーれ

季節の変わり目は気分が暗くなりがちなので、再びおいしいものを買ってくる。

ブルー・デ・コースという青カビチーズ、味、香りともに非常に強い。実にうまい。

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三元豚レバーペースト。ふんわりしてて食感はいいが、単体で食うと少し臭みが気になる。

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これに、アンチョビソースを付けあわせる。アンチョビ数枚に軽く火を通し、白黒コショウ一振り、バジルひとつまみ、そしてパルメザンチーズを一振りして混ぜ、ペーストにする。お好みでバルサミコを加えてもいいかもしれない。これが非常にうまく、チーズやレバーとたいへんに合う。

ワインはコルトリ。1300円くらいだが、とてもおいしい。
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ミディアムの辛口で、けっこうどっしりしてスパイシーな味わいだが、香りが爽やかなので飲み心地がいい。女性受けもいいらしい。

このチーズとレバーペーストとアンチョビソースを、同時にクラッカーに乗せて食べ、口の中を湿らせるようにワインを飲むと、せつなくなるほど美味である。

そして、ワインがお手頃価格であるように、実はそれほどお金がかかってない。
非常にコストパフォーマンスの良い幸福。

愛とおいしいものは、生きる力を与えてくれるのです。

また来ん秋と人はいふ……

長袖を着た。
玉川上水に彼岸花が咲いた。
草木が褪せはじめた。

夏は終わった。



煙草をやめてから、感覚的には全然お金を使わなくなった。昨日は一円も消費してない。また禁煙カウンタで数えてみれば、すでに5600円浮いている。

そんで今日本屋で立ち読みしていて知るには、若者が金を使わないと文句を言う人がいるらしい。
景気を冷え込ませている要因の一つだという。

ごめんね。


腹はとても減るが、食欲は相変わらずなし。

夏は終わった。

ベネディクト的論考

罪の意識に苛まれた場合、人は祈る事ができる。
同じように恥ずかしいと感じた場合、人は恥ずかしがる。

罪と恥の二つの意識が、人を律する感情として並列に並びうるのであれば、
「恥ずかしがる」という行為は、「祈る」に対応するものとなる。

敬虔という言葉は、前提をあまり考えなくともよい文脈で用いられる場合、よい印象を我々に与える。それと同じように「恥ずかしがり屋」という言葉は、同じ条件で同じようによい印象を与える。

というのも、祈るあるいは恥ずかしがるという行為は、浄化を保証する呪術的な意味合いが与えられている。

懺悔が罪を癒すように、恥ずかしがる事は、その状況がいかにあろうとも、状況そのものが当人に対して人格や行動の是非を規定してしまうことを拒否することができる。

つまり、恥を知らない者の場合、審判の対象になる状況、行動、また心情において、裁かれうる。しかし、「恥ずかしい……」と一言つぶやくことによって、「神よ赦し給え!」と叫ぶことと同じ効能が得られるのである。

このことから、恥ずかしがるという行動は呪術的であるのは明確である。

また、恥ずかしがる者は、以上の理由により清くなければならない。「清くない恥ずかしがり屋」は論理上存在しない。

つまり、敬虔な者が常に祈りの言葉を忘れないように、常に恥ずかしく感じていて身を守ることが要求されよう。

それは具体的に言うと、敬虔な者が食事の前に祈るのと同じように、恥ずかしがり、別れの挨拶とともに恥ずかしがり、寝る前に恥ずかしがり、日曜日にはミサ的な何かをしながら恥ずかしがることである。

すなわち、その者にとって、すべては恥ずかしい出来事でなければならない。
これは、出来事と思考回路の関数であるが、条件を満たすにはどちらかが無限になることになる。全てを恥ずかしく感じる思考回路か、本当に全ての出来事が恥ずかしいかである。

この後者の場合、思考回路のみによってでは純潔が保証されているわけではない人を、恥ずかしい出来事を起こし続けてやる事によって純潔にすることができる。

要するに、もしあなたがそう望むのであるならば、純潔であってほしい人に対して、その人が恥ずかしがるような行為をずっとしてあげることだ。それにより、その人は清らかな状態へと論理上なるのである。

ちなみに、余談ではあるが、この出来事と思考回路の関数を、罪と祈りに置き換えてみよう。これまでの論考から、それぞれは並列して対応しうる。

祈りをつねに起こさせるためには、罪を作らねばならない。

世間はそれを犯罪者と呼ぶ。

あ! やせいの……


野生の思考野生の思考
(1976/01/01)
クロード・レヴィ・ストロース

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「エチカ」が難しすぎて息切れしてしまい、こっちを読んでしまってるが、たいへん面白い。
さすが名著だけあって、こちらの過大な期待にも答えてくれる。読み応え十分。

アーティスト風な人たちはロラン・バルトを好む傾向があるような気がするけど、
それよりはレヴィ・ストロースを読んだ方がいいと思うな。
素直になれる気がする。

ピカチュウ日記


ブログペットのひみつ日記風にしようと思ったら全然違ってしまった。

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健康すぎて困る

喜ばしかったはずの早寝早起きが深刻なレベルになりつつある。昨日は午後九時には眠くなってしまい、深夜二時半に起きた。

また睡眠の質もかなり変化し、レム睡眠時に眠りが浅くなりすぎるのか、中途覚醒するようになり夢もよく見る。しかし5~6時間寝れば目覚めがすっきりしているので全体的には良い睡眠になっている様子。

ちなみに今日は手塚治虫と鳥山旭の漫画がごっちゃになったような絵柄の夢を見た。ピッコロさんがデレデレキャラと化していて、神様とハグしてた。

その他の変化として、飲酒量まで減った、自炊率が上がった、外見上ピカチュウと区別がつかなくなった、とかなり健康的である。玉川上水を歩いていると野生のポケモンと勘違いした子供たちがモンスターボールを投げてくるので、気分は10万ボルト。




みんなも煙草をやめて、ポケモンになれよ。

心理的依存の山

煙草のない生活にも段々と慣れてはきた。パッチのおかげで離脱症状はほとんどないが、しかし心理的依存がけっこう厄介。

喫煙者と非喫煙者では、時間のリズムが違う。
煙草のある生活では「起床時」や「食後」など、こまごました機会ごとに一服する事で気分転換する。

これがある日突然なくなると、ニコチンの不足よりも、行為そのものがなくなった事に強い違和感を覚える。
時間に区切りがなく、漫然と時が流れるような。
それが身体的依存と並んで、禁煙の際に克服しなければいけないものだ。

しかし「気分転換」系の心理的依存はまだ単発的に訪れる誘惑なので、比較的耐えやすい。
よりきついのは、今まで「煙草を吸いながら」していた作業をするときだ。
その作業は心理的に煙草とべったりセットになっているので、作業中ずっと苦しむ事になる。

過去数度、本数を減らそうと試みたこともあり、それらは一時的にある程度成功していたが、
「長い文章を書く」際に、かならず挫折した。
3000字を超えた辺りから、機関銃のように吸ってしまう。


ずいぶん昔、たしかユリイカだったか、「エクリチュールと煙草」という特集がされてたことがあった。色々な作家さんに対する、書きながらどれくらい煙草を吸うかというインタビューだったと思う。
まだぎりぎり煙草にダンディズムがあった頃だったか、今考えると随分平和な記事ではあった。しかし、書いてるととにかく吸いたくなるのはみんな一緒のようだ。

とにかく「煙草なしでの状況」のもっとも辛いものが、執筆というもっとも重要なものであるというのは、けっこう参ってしまうところだ。「やめるより、吸い続けた方がマシなのではないか」とすら思ってしまう。しかしそれは依存症だからです。

生活改善

二日連続で早朝に自然に目が覚めたので、これはやはり煙草を断ったからだろう。そもそも夜の早い時間帯にちゃんと眠くなるようになった。
が、日中どうもぼんやりしてしまう。書き物をしようとして、はかどらず。
手なら動くので、白亜地を作っていた。

市販白亜は、マツダで下地用と仕上げ用を試してみたが、やはり下地用はベージュに近い。これで仕上げ用が白かったら粒子が細かいことによる乱反射のせいだと言えたが、比べてみるとそうでもなかった。どちらもやや赤い。

つまり前使って驚いていたほるほる社製の白亜が異常だったのではなく、元々使っていた某マッド研究室のものが非常に白かっただけ、ということになる。

これはちょっと不思議な結果だ。マツダは国内の油絵具メーカーとしてはややマニアック志向で材料にうるさいから、マツダの白亜の明度が低いということは、白亜の明度とは普通そんなものだったのだと言える。ではマッド研究室で売ってるあれは何なんだろう。同じ顔料だと思えないくらい白い。


ちなみに白亜が一番美しい瞬間は、ピタッと塗られてエナメルのような輝きを見せるときだと思います。板全面が白い鏡のようになったあの質は、より明るすぎても深みがなくなり、彩度もあってはだめなので、白亜独特の神秘的な雰囲気があると言える。ただ、その後乾かさなければならない。
自分の一番いいところを人にあまり見せないあたりも、この子の良さというか、縁の下気質というか、つくづく苦労性なところがある。

引き金を引くだけの簡単なお仕事です!

用があったので大学へ行く。ついでに買い物をする。
以前ほるほる社のムードンが色が汚いと書いたが、もしかしたら仕上げ用のはちゃんと白いのかもしれないと考え直した。パネルを何枚か買ったので近いうちに試してみる。


学食に行き、キッチンのおばちゃんと再会を喜びあう。私は数年に渡ってラーメンのみを頼んでいた時期があり、人の少ない時間帯に行くとおばちゃんはいつもチャーシューを一枚サービスしてくれていた。あの頃私の体の肉はチャーシューでできていた。
しかしもういい年なのに「ラーメンの子」と呼ばれているどうせお子様な私。これがキャッチコピーでよくないかな、ポエム君。


そろそろタブローも描いておきたいが、今年中に無敵でもう一本公演をと考えているので、なかなか難しい。
ちなみに公演やるとしたら十一月下旬くらい、場所は小金井シャトー2Fになる(かもしれない)。

明らかに健康になるという恐怖

数年ぶりに煙草を一本も吸わない日というのを迎え、また続けるのだけれど、高速で健康状態に変化が起こっている。

・寝酒のビールがうまい  
ビールといっても第三だが、それでも麦の香りがすごく感じられる。

・寝つきがよく、目覚めもよかった 
まだ一日しか経ってないので偶然かもしれないが、嬉しい。特に朝自然に起きられるのは、私にとっては神の恵みレベル。

・食欲が出てきた
これもありがたい。

・鬱が治った
いままでが嘘だったかのように、明るくさわやかな気分になれました。

・東大に合格した
頭の回転が早くなり、難しい問題もスラスラ読み解けるようになりました。逆にどうしてこんな簡単な問題が、みんなは解けないのか不思議なくらいでした!

・彼女ができた
煙草をやめた瞬間、激モテ状態になって困ってます! 毎日違う女の子とデートしてるけど、たまには一人でゆっくりした時間も欲しいです。

・年収1000万突破
たった一日で年収が1000万円も上昇しました! 上司からの信頼や部下からの尊敬を一身に受け、出世街道を驀進中です! 俺は神か?

・12人の妹がやってきた
父の隠し子だという12人の妹と、ある日突然一緒に暮らす事になってしまいました。

・20年の因縁に決着がついた
ボビーは血を流しながら倒れた。私は撃ち尽くしたリボルバーを開いて、新しい弾をリロードした。私はボビーを見下ろした。急所はわざと外したが、出血は多く助かるまい。「昔のよしみだ。言いたい事があったら聞いてやるよ」私は銃を向けながら言った。ボビーは苦痛で顔を歪めているが、どこか諦めを感じさせる穏やかさがあった。「最期に、煙草を一本吸わせてくれ。胸のポケットにピースが入ってる。すまねえが出してくれないか、もう体が動かねえ」奴は言った。私はボビーの胸を撃ち抜いた。「煙草さえやめる事ができていれば、こんな死に方をすることもなかっただろうに」私は言った。胸ポケットに開いた穴から煙草の破片が舞い上がっていた。


人間はすべての事に慣れる

パッチが気持ちよかったのは一瞬であり、既に何も感じなくなっている。

京極夏彦が屁について数ページ熱く語っていて、なんだ? と思ったらそのままお話が始まって、エッセイじゃなくて小説だった。うっかり感心してしまった。

めも

つまり煙草は「うま気持ちいい」だったのですか?
冷静になれよ、ボビー! もうMDMAなんてやめて禁煙パッチにしろよ!

制御され脳

現在徹夜明けだが、寝ると夜起きそうな時間なので粘っている。しかし目も脳も疲れているのでふらふらするだけ。
あと、さっき最後の一本を吸ったところであり、もう二度と煙草を吸うことはないのだと思うと、幸福と不幸が同時に襲ってきますね。

しかし寝るまでにまだ少し時間があるまま煙草を切らしてしまった。シケモクを吸い始めたりする前に、禁煙パッチをちょっと切ってそれを貼ってみた。

プラシーボかもしらんけど、ほんのり落ち着いたような気がしなくもない。
いや、これは効いてるな。効いてる。
気持ちがいい。とか言っちゃいかんが。

193は、知り合いか父親だったかが禁煙しようとやはりパッチを使っていたと言い、「気持ち悪くなって吐いてた」らしいので、煙草が吸えないようにゲロ成分も混ぜてあるのだろうかと案じていたが、今のところそういう気配はない。


しかし冷静に考えると、煙草から味要素「うまい」を取ると、「気持ちいい」しか残らないもんな。
恐ろしい事だ。

そして「気持ちいい」って、なかなかいい言葉だな。冷静に考えて。言葉として奥ゆかしい。

しかし冷静に考えると、今俺冷静じゃないな。

「私は今冷静に、自分が気持ちいい状態であると判断する」という命題は、冷静ではない。
そろそろやめるか。しょせん冷静ではないのだ。

禁煙する

私の住む部屋の向かいにある一軒家のご主人は室内では煙草を吸わせてもらえないらしく、庭で一人寂しくふかしているのをよく見る。
マイホームは持っているが、そのたたずまいはあまり豊かさを感じられない。
喫煙者に未来はない。
筒井康隆の世界がくる。

喫煙所はどこも臭くて不潔だが、とくに横浜駅西口のダイヤモンド地下街そばのものは酷い。あれではゲットーと変らない。
嫌煙家の「喫煙者は他人に迷惑をかける」という言い分はもっともだと思うが、彼らは同時に喫煙者が苦しむ様子を見て喜んでるので、邪悪だ。
分煙は棲み分けのためではなく、喫煙者をより醜く見せるために働いている。

かかる非人道的な圧力ではあるが、近づきつつある値上げを受け、私は公権力に屈することにした。
何度か禁じたり、減らしたりはしてきたが、近代薬学の力を借りて、完全に断絶する。

そうして、ドラッグストアでシガノンCQを買った。
店員が「薬剤師の説明が必要」と言って、スキンヘッドのいかつい男を呼んできた。
さすが薬剤師だと思った。

ハチ公は癒しを待っている

今年ももう折り返しを過ぎて久しいというのに、演劇を見に行って、当たることがほとんどない。
悲しい事だ。

今日は客の質もひどく、シリアスな展開がついても、人気の俳優が声を張ったらみんな笑っていた。
判断力がなさすぎる。

193は仕事が大変で、沖縄で暮らしたいとか言い出している。

かように、芸術が暗いと、一日が暗いのである。

表現の世界

これがパントマイムの極意ですよ!



ポピーザぱフォーマーは、カブトボーグに通じるものがあるね。

すぴすぴすぴ

とりあえず参考に読んだ。


スピノザ―「無神論者」は宗教を肯定できるか (シリーズ・哲学のエッセンス)スピノザ―「無神論者」は宗教を肯定できるか (シリーズ・哲学のエッセンス)
(2006/07)
上野 修

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「エチカ」より「神学・政治論」の方の解説だった。

勝手な想像だけど、スピノザさんはちょっと嫌な奴だったんじゃないのかな。
「神学・政治論」では、最終的には否定する神学派やデカルト派について、それでもそれなりに配慮するような書き方をしているが、
プライベートな仲間内の談話とかでは、ボロクソに言ってたんじゃなかろうか。「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだよ!」みたいな。
序文にも「馬鹿な民衆はどうせ理解できないから読んでほしくないし、無視してほしいとすら思う」とか書いてるし。

デカルトが当時も今も評価されるのは、「盛り上げ上手のおじさん」的な人柄なのと、歴史的に登場するタイミングがバッチリだったことで、一方スピノザは「嫌な奴で、しかも生まれる時代を間違ってる」ことにより不当な不遇を受け続けたのではなかろうか。(適当)
書簡とか、機会があったら読んでみたい。

バトンだと?

のら大先生からバトンが回ってきた。
ので、昔のことを思い出した。

今から五年ほど前にブログを始めたとき、ほぼ同時期に友人も何人か始めていた。そんななかで、ときおりバトンが回ってくることもあった。

私はその全てを黙殺した。

ああいう形の自己顕示は、見る分には楽しいけど、わざわざやろうとは思わなかったからです。
そしてやがて誰も私にバトンを回さなくなった。

無碍にされ傷ついた友人たちの魂に敬礼しながら、当時はかわいいふりさえせず、ポエムすら書かず、あの頃の俺は一体なんだったんだろう、と今になってちょっと悪いことしたかもと思ったりした。今。

また当時、先輩のブログがバトンを受け取っていて、そこに「バトンは受け取りはするが、回さない」と併せて書かれていたことも思い出す。
あれを見るに、やはり受け取るのはマナーというか、コミュニケーションというか、レヴィ=ストロース的な何かが発生してるというか、そんな気もする。

でも高校からの友人は、なんだか人間性の根に近いものを共有してる感じがして、ちょっとした粗相や嫌がらせや暴力はジョークとして受け取ってくれるだろうという俺なりの信頼があったわけなんですよ。

しかるに、のら大先生に同じ扱いをするわけにはいかない。
神に匹敵する。

ので、脳会議の結果、友人たちの魂に謝罪しつつ、最初で最後のバトン受け取りをすることにした。
今後は「宗教上の戒律によってバトンを受け取ることができない」ことになります。




◆あなたのmixiネームとその由来は?
巷で評判の少女Butros  ブトロスのつづりは字数制限で妥協した。  

◆あなたの現在のTop
Top? 

◆職業は?
不動産屋さんの手伝い 自称芸術家

◆身長、体重は?
182 75

◆現在表示されてるコミュを上から9つ
劇団無敵 インプロ研究室ペンシルジラフ 関東燻製薫楽部 半可通のための経済学講座 画材総合 浅野高校
武蔵野美術大学

◆このバトンを回す人を足跡上から12人(マイミク限定)
回さない

◆現在のメアドの意味は?
プロバイダ契約時の数列そのまま

◆待ち受けは?
即席オブジェ

◆好きなタイプを外見で答えよう
あまりこだわりはない

◆年上が好き?
好きですね

◆恋人になったらこれだけはしてほしい/してほしくない
してほしいことはとくになし
執拗な邪推はしてほしくない

◆今までの恋愛経験でこの人はタイプだったという人
なんじゃそりゃ

◆財布はどんなの使ってますか?


◆ぶっちゃけ貯金いくら?
40万ほど

◆携帯はどんなの使ってますか?
ドコモ

◆使ってる携帯ストラップは?
奥州平泉のみやげストラップ

◆手帳は持ってますか?
もってる。

◆【頭】の主な中身は?


◆持ち歩いてないと駄目な物を3つあげましょう
煙草、財布、携帯は必ず確認してから外出する

◆今はいてるパンツの色は?
黒っぽい青

◆今何を聞いてるの?
今日は雨降りなので雨の音を聞いたりする

◆何か資格or免許持っってますか?
車 漢検2

◆星に何を願う?
願うときは基本的に無心

◆もしクレヨンに生まれ代わったら何色がいい?
この質問すごくいい。

◆もしクララが立ちっぱなしだったら
すわらせてあげる

◆薄い顔?濃い顔?
うすいのでは

◆化粧は何分かかる?
女装したときは20分ほどかかった

◆最近泣いたのは、いつ?なぜ?
ふくみみ氏によるワンダープロジェクトJ実況を見返して。サーカスの場面。

◆結婚は?
予定はないがいずれしたい

◆ぶっちゃけ良いママ(パパ)になる自信がある?
難しい質問です

◆何フェチ?


◆腐的妄想率は
これは女性向けの質問なのでは?

◆夕べ何した?
書き物

◆押し倒したい?押し倒されたい?
「押し倒されてからの形勢逆転 セックスはドッグファイトだよ」という台詞を思いついてみた。エースコンバット! FOX2! FOX2! 

◆これ、失ったら怖いと思うの
ポエムの精神

◆好きな車は?
ない

◆ベッドの下にはなにがある?
ジャージ 宅録機材 カメラ 




歴史の勉強というのは初等においては退屈で、極端に言うと年表の暗記のようなものだからかなり苦痛だった。しかしある程度用語が頭に入った状態でその時代を俯瞰的に捉えたり、ディティールまで掘り下げていったとき、なんとも人間臭いドラマが見えてきて、物語としての輝きを呈してくる。

中国史を例にとると、小学生の課程で中国の王朝名を憶えたときは、内政で何が起こっているかはおおざっぱにしかやらなかったので、「中国はやたら名前が変わるなあ」くらいにしか思わない。
中学生になると、元だけでなく清も異民族による征服王朝というところまでやり、長城の存在などからも、漢族にとって周辺民族は非常に脅威であったことへと想像が至る。
さらに高校で世界史Bを選択すれば、明から清への移行は直接的には漢族同士の反乱が原因で、その後勢いのあった満州人がうまく敵勢力を駆逐していったようで、清が明を打倒したわけではなかった(要因の一つではあるが)、くらいまで掘る。そして清の政権下では、多数派でプライドも高い漢族はずっとイライラしていたようで、太平天国などの反乱にも民族主義的な思惑が根底にあったという。そこまでくると、ようやく人の臭いがしてくる。
そうして、歴史を見る際の基本的な構えや、全体的なデータを引き出しに持ち参照する技術が備わると、それこそが「歴史に学ぶ」の与えるところであると気付く。
そしてはじめて、物語とは何かが分かってくる。

歴史はまあ比較的好まれる教科ではある気はするが、それにしても、面白さが分かるまでに大変な仕事量をこなさなければならないのに変わりはない。
教育現場では、教科の魅力を伝えることを重視する動きもある(とくに理系)。私も理系科目の面白さに早い段階で気付いていればと後悔することもあるが、今になって思うのは、その教科の魅力をきちんと本質に触れる形で伝達するのは限界もあるということだ。私が触れたその手のもので唯一感心したのはアインシュタインの「物理学はいかにして創られたか」だが、あれこそ最低限の知識で最大限の啓蒙であるものの、読解するのに『気のきく高校生』程度の思考力は必要とされるので、習熟度がそれ以前の者にとって無効である。
だから、真の面白さを見せる前に、その学問はあらかじめ相当数の人を選別してしまう。

面白さをなかなか開示してくれない体系を、私は「大人の遊び」と勝手に呼んでいる。



アンクルトムの甥・俺の小屋

食欲がない。困った。

最近頭の中に、中国近代史(とくに文革)、都市と地方、歴史と政治にしか芸術は変えられないのか、スピノザとフェルメールはどれくらい仲がよかったのか、戦場は人間を変えてしまうがそれはどれほどの精度でか、などといったお題が飛び交っているが、これらがどう統合されるかは不明。そもそも統合されるのか。

戦場では、敵兵の遺体の損壊行為がどこでも見られる。以下グロ注意だが、わるふざけで死体の男性器を切り取る、またはそれを口の中に突っ込むということが、古今東西で行われている。スペイン独立戦争ではゴヤが版画で記録しており、図像で見る事ができる。日本では、大戦のときの事は政治的なものもあって語りづらいが、戊辰戦争などでもこの行為はあったという。
というか、戦乱の状況下では、この行為はカニバリズムとともに高確率で起こる。

戦争は人を変えてしまうというが、地域や時代の差に関わらず同じ発想に落ちるところを見ると、それは精神のアウト・オブ・コントロールではなく、出力を入力からのみで十分に説明できる類の物(つまり『異文化的』であって、『異常』ではない)で、状況に相関して引き出される一般性のある変化とも言える。

だから「人間的」というものは、まず命の重さを設定して、その状況で発生する精神を良しとするところから始まる。

しかしあまりにも命を軽く設定するにも感覚的に無理があるようで、たとえばナチスのホロコーストでも、最初は一人一人ピストルで撃ち殺していたのだが、射手もだんだんおかしくなってしまうのでやめたらしい。
命の重さも「神の見えざる手」的なもので修正されるのだろうか。というのは冗談だが。

そしてナチスとおなじく虐殺を行ったクメール・ルージュのことを考えて、それから文化大革命にも飛ぶのだが、まだまとまってない。

青梅をゆく

ジャモさんは関野吉晴先生のゼミのOBで、そのつながりで私も青梅までついていってみた。
過疎化した農村に人を集めようというプロジェクトをやるようである。半月前の足尾がフラッシュバック。

関野先生については在学中は面識もなく、どういう人かもほとんど知らなかったのだが、医師免許とシャーマンの資格を持っていることが判明。シャーマンの資格は私も欲しい。
またテレビ番組「グレートジャーニー」で有名だが、当時小学生だった私は番組は知らず、かわりに柳沢きみおの漫画「大市民」の登場人物が「グレートジャーニー」と口にするのを記憶していた。だからグレートジャーニーと聞いて連想するのは今でも大市民の山形さんだったりする。


しかし、山登って、そこに住んでる人たちの生活に触れるたび、山に住みたいという誘惑に駆られる。
劇団がなかったら農村通いも悪くなかったかもしれん。

農業を継承する意義がいかに大きいかも、前に上げた「ワンダープロジェクトJ」で学ぶ事ができる。この守備範囲の広さ。まさに神ゲー。

あとスピノザの解説書を読みはじめた。宿題が終わるまでが夏休みだ。

モアイ像と巡る奥秋の日帰りアドベンチャー

数日間死んだように眠っていましたが、だいぶ元気になりました。
マムシュカの打ち上げと、展示の打ち上げが重なったのがだいぶ効いていた。

マムシュカでは、ジャモさんが殴るシーンでなぜかマジビンタのアドリブ、そしてぶっつけ本番のグラタンのシーンで、グラタンをまき散らすポエム君。
やってる側がはらはらする演劇。
個人的には、ピアノ弾きながらの鬼畜朗読が成功し、また感触もよかったので、その点では目標は達成といえるが、まき散らされたグラタンにひるんでBGM演奏をとちったのが悔やまれる。
他人のアドリブにびびるなんて。反省。

あとポエム君、劇団無敵に(純朴)はつけなくていいよ。打ち合わせでマムシュカの人に「これ、どこまでが正式名称なんですか?」って聞かれたよ。


ところで、私はふくみみ氏の実況が好きなのですが、「ワンダープロジェクトJ」は世にしらしめるべきと思い至り、貼っていく事にしました。
機械の少年をゼロから教育していくバーチャル子育てゲームなのですが、涙なしには見れません。子供の一挙一動に振り回されるふくみみ父さんも素敵。時々ひどいネタを入れてくるけど。













































プロフィール

金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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