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二度と出会えない一月八日という時間

いい天気だった。
自転車で走ろうと思い、奥多摩を考えるが、結局町田のリス園に向かった。
しかし、地図なしピンポイントはさすがに無理だったようで、見つからず、ひたすら多摩の荒涼とした風景の中を走った。
帰路、193からメール。芝居を見ようと言う。
行く。
某名作を舞台にリメイクしたものだった。
チケットは一万一千円也。
高いお金を払ったので言わせてもらう。
あんなのやっちゃダメだよ。イモは演出やっちゃダメだよ。罪だよ。
好きなはずの芝居に魂を削られていく。

193と二人でボロクソに感想を述べながら、もつ焼きを食酢。馬酢。
その後O畠と合流。25歳三人衆。
国分寺でもう少しく飲む。二人は徹夜で「ひぐらしの鳴く頃に」を見ると言うが、私は睡眠を取った方がいいので退散。
そんな一日。最後には気持ちよく酔っぱらったので、まあいい日であった。
人生つづく。

男には分からない女の世界

一橋のゼミで河野多恵子「最後の時」について発表。共同の発表者はテレキャス弾きの小平スピッツ(gtvo)で、二人ともこの非現実的なテクスト前半部を「想像上の出来事」と解釈し、主人公のおばさんが人生最後の26時間でやろうとしたことを、私は「仮想的な自殺および転生、そして夫との決別」と論じ、小スピッツは「人生を問い直し、夫との関係をお互いに見直すための積極性の獲得」とした。前提を同じにし、最後の手紙を「遺書」と取るかどうかが大きな違いとなっている。

議論でボコボコにされるのは覚悟の上で、自論の骨子だけは最後まで守り通そう、と目標を立てていた。年季の浅い下級生は、よく途中で論を瓦解させられる。
だから、肋骨を何本折られてもいいから、背骨だけは折らせない、という気持ちだった。

しかし蓋を開けてみると、議論に入って三十分もしないうちに、先生から強烈なミドルキックをもらって、骨盤が粉砕骨折してしまった。

先生曰く、このテクストはリアリズムや論理に回収して、理にかなわない場面を空想としてしまうのは面白くなく、すべて実際にあったことだとした方が、読みとして良いという。
話を聞くと確かに面白いし、先行研究や作者自身のエッセイなどにもその説に有利な論がある。
うう、ちくしょう。

と、そこで普段から河野を扱ってる院生から援護射撃をもらう。リアリズムで読まないと、主人公の哀愁と夫婦愛が引き出せないことを論じはじめた。
先生「素直に読んだ方が面白い」
院生「リアリズム読みだからこそ泣けるんです!」
っていう漫画みたいな文学議論を聞きながら爆笑する。また、この院生とは主人公の奇妙な行動について議論をしたが、私が「主人公のやってること、偏執的で異常でしょう? 普通の感覚から言えば」と言うと、院生「そうか? 女子的にはすごく気持ちがわかるけど。女子はそういう生き物です」私「はぁーそうなんですか。勉強になります」みたいな、なんだかよく分からん話になったりもした。結局院生曰く「このテクスト、読者が男か女かで受ける印象ぜんぜん違う」という身もふたもない結論だった。

まあ、色々な読みが飛び出したし、非常に懐の広いテクストだったこともあり、発表者の役割は普通より少なめだった気もするけれど非常に楽しかった。大学は楽しい勉強ができるからいいね。

文学っていいよね

シャトー2Fで打ち合わせなどした。公演はいまのところ四月の最後の週になりそう。

「最後の時」を読み込む。
先生が選んだテクストだけあって、非常にやりごたえがある。初見ではかなり謎めいたテクストだったが、しっかり読んでいくとズルズルと解け、奥の世界が広がる。
超楽しい。

わだば女流作家になる

七日に一橋大学のゼミ(しかも院)で、河野多恵子の小説「最後の時」について発表することになってしまい、今参考文献を読んでる。なぜそんな事になったかは聞かないでほしい。俺もよくわからないんだ。

しかし、評論はブログ上や、学部の頃のレポートで書いた事もあるけど、学術的にきっちりやるのは初めてだ。
質疑応答では、超頭いい連中が質問を矢のように降らせるので、耐えられる論を準備しないと。緊張。

でも、諦めていた学問がちょっとでもやれてて、幸せを感じる。学費も払わんでこんなことしてていいんだろうか。
しかし一方で、調子に乗って理系のゼミにも潜りたいと思いはじめたりしている。まあ、さすがに時間の問題もあるからやらんけど。

そういえば院二年のとき、アトリエにほとんど出てこないせいで、N教授に「学費を払ってる割にはもったいない過ごし方だったんじゃないか」と優しく叱られたな。私はべつにもったいないとは思ってないが、純粋に学費的な意味だとしても今こうやって回収してるのでノーマンタイでありんす。落ち込む事もあるけれど私は元気です。愛してるぜN教授。あと非常勤講師でいいから俺を雇いやがれ。パフォーマンス教えられる先生が必要じゃない? そうやって今日もツンデレの修行を忘れない。にゃーん。

しもさんはもっと評価されないべきなのか

ようやく恒例の糞晦日を見れた。

「七色のニコニコ動画」が投稿された際、私は「ムーブメントがしもに拾われるのではなく、しもがムーブメントを決定する」というようなことを書いた。
しも作メドレーに入るかどうかは、音楽系作品が永遠に記憶されるかどうかを意味する。どんな流行も時が経てば忘れられるが、しもメドレーに入ればときどき振り返ってもらえるのだ。
だから、記憶に留めるべきものがメドレーに入ると言うより、入ったものこそが記憶に留めるべき作品とみなされるという、変な状況であった。

でもこれ、よく考えたらひどい事ではある。そのような重大な価値判断が一人のうp主に委ねられているというのが不健全だし、そこまで重要視されては楽しく選曲もできまい。

それがここ最近、彼は糞晦日のBGMとして、メドレーを作っている。
糞晦日も非常に注目される動画ではあるけれど、メドレーシリーズに比べれば全然気楽だ。メインは映像なんだし。

ああいう形で、いままでやってたことを続けていけるし、注目されすぎる事もなくなり、まあ、よかったのだろうな、と思う。

ちなみに、今年の糞晦日は異常なまでのクォリティで、感動した。




アイルビーバックした

小平帰還。
そろそろ動き始めるとしますか。

あけました

おめでとう。
江ノ島でおみくじ引いたら大吉だった。でもそんな気したんだよね。
みんな、ことしもよろしく。
プロフィール

金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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