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ネコキャスター(残機7)

こんばんは猫です!! まず、釜で炊いた飯を久しぶりに食う感動を共有したい。あなたと共有したい。なぜならわたくしここ二週間ほど煮た米しか食わなくなっており、サフランのリゾットをまるでサフランのリゾットのように食う頽廃した生活をしておりました。そして慎重かつ切実な議論の果てに、猫は衣・食・住のうち食にしか興味がない最低野郎だということが発覚。「あなたって、意外と生活力ないのね」彼女は言った。「クリエイティブにしか生きられないのさ」僕はそう答えて、耳からピンク色の煙を出す。というソドム的日常からはたと我に帰り、そうだ日本食を食おう、と脳内刷新の詔を発令(脳内皇帝)(つまり脳内は帝国なんだよ!!)話は変わるけど今カニを食べてるんだよ。なんでそんなことになったのか。順を追って話そう。まず以上のことがあって、私は客に和食をふるまった。しかし想定していたより若干消費量が少なかった。その上僕の見たえびチャーハンのレシピにはなぜかカニも多少入っていた。そして僕は全てを忘れて愛に溺れ、結果カニをチャーハンに入れ忘れた。その後麻薬捜査局に「この仕事に興味はないかい」と誘われ、麻薬捜査犬になった。気がついたら犬プレイを強いられていた俺を共有したい。あなたと共有したい。ご主人様は「麻薬の匂いを教えてやるよ……」と耳元で囁いて、僕の腰にそっと手を回してくる。「ごめんなさい! 今まで黙ってたけど、僕、猫なんです! だから犬のふりなんてできないんです!」僕はそう言うがご主人様は「むしろいい」と言い、そしてうわああああああそしてあああああああああ、ああああああああああ、と、書いている間にカニを食べ終えました。足の何本かをいま煮てて、あら汁でもつくろうかなと。やっぱり心がおちつくのはソウルフードですよ! シチリアもいいけれど! 小金井もいい! あとハンバーグを焼いた。これはひき肉が余ったからですね。うーん、こういう家庭的な味っていいよね。ドメスティックなテイストだよね。かわいい系愛され上手な。でも私あの人の叫びを聞いてしまったの。「もっと愛されるマッチョマンになりたい」。わたし走り去りたかった。でも手からペンが滑り落ちた。あの人がふりかえり、目が合った。顔があかくなるのがわかる。すこし目を伏せて、何か言う。何を言ったかは忘れたけど、最近「『肉体の悪魔っちょマンイーターX』って言っていたよ」とあの人が教えてくれた。私恥ずかしくて、二年も前のせりふを憶えてるんじゃないよって言って、はずかしくて、でもうれしくて、にやにやしてたら「どうしてそんなににこにこしているの?」とあの人が聞くから、厚い胸筋を指でそっとなぞった。おしえてあげないよ、ばか、と言って、その後二人でカニのあら汁を飲んだ。こうして貴重な猫の残機を一匹消費してしまったのでした。アッラー・アクバル。
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さむひねとこたへる

劇団漠を見た。作は中島かずき。なるほどなるほど。学生演劇の魅力を堪能しました。

ゴッドファーザーまとめ

とりあえず、俺は料理作り過ぎという反省。でもカルパッチョがお父さんに大好評だったので良しとする。

娘の命名には様々な案が出たが、
今のところ「藍葉ちんば」が最有力となったまま保留とされた。
お父さんの芸名になるかも。「藍葉 なかよし 続・恥ずかしポエム(必要悪指令)ー歴史は繰り返すーちんば」っていうふうに。

そして酔いつぶれ、今日SAL-MANEの公演に出そびれるという反省。なんてことだ。

ギター掃除のエロティシズム

クラシックギターを衝動買いしました。私。中古屋のジャンク品、3150円也。弦が切れて汚れきっていたので潜在能力ははかりかねるが、とりあえずの一本として悪くはない気もした。そんな気がした。愛がある気がした。分かり合える気がした。でも帰ってから精油とワックスで掃除してたら垢がすごく浮いて軽くへこんだ。やっぱし状態の悪いユーズドってばっちい。だいぶ奇麗にしたけどな。

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指板用の精油(レモンオイルとか)は、保湿を謳っているが実はギターの健康にあまり良くない。しかし強い汚れには頼もしい。
ケアは、汚れる前のマメな乾拭きが一番いいという。何事も愛ですね。

ゴッドファーザーの料理

内輪向けの連絡です。

29日のお料理は今のところ
マカロニサラダ
きんぴらごぼう
ホウレンソウのゴマ和え
魚カルパッチョ
ローストビーフ
鳥の竜田揚げ
肉詰めレンコン揚げ
えびチャーハン

を作る予定でいます。ほかにリクエストがあったり、持ち寄りがあったりする場合は、言ってもらえれば量の調節など対応ができるので報告してください。酒もお望みがあれば。

ゴッドファーザー体験版

小スピッツが名付け辞典を持っているというので、借りて、藍葉に合う女の子の名前を調べる。
どちらかというと珍しい名字で、インデックスの中にはなかったが、字画で合う奴を探していくことはできる。

やってみると、けっこうおもしろい。とにかく大吉数を目指した「縁起物ネーム」を作ったり、外格あたりをあえて凶数にして波瀾万丈にし、総画で天の恩恵のある数にするという「人生デザインネーム」にしたり。
私はふだん、個人的にはあまり子供にエゴを投影しない方がいいのではと思っているが、こういう作業はやってて楽しくなってきて、だんだん思想的に矛盾してくる。

しかしエゴがどうこう以前に、この子にはいずれうちの舞台に立ってもらうので、もう主体性も自由もクソもないと言える。

スーパー飲むヨーグルト状態

おじさん「来週のおじいさんは? 『黒豚独占! 豚肉カルテルの脅威』『カツオ、尊厳死』『飲めないヨーグルトはただのヨーグルトだ』の三本です!」そして即死するおじさんたち、手を叩いて歌いましょう! 歌ってぽんぽん破裂していきますのです! そして始まるなめらかな反乱のせいで二日に一日はファナティックしているからママが「アウフヘーベンになっちゃうわよ!!」と切れる、しかたがないので自分探しの散歩に行くことに! 道中犬に「きびだんごをください」と話しかけられ、きじに「きびだんおごください」と言われ、猿に「きびだんごを」猫に「きいだんごを」虫に「おだんごを」花に「おだんご」、そして俺は気がついたら、いろんな生き物や花に囲まれて幸せになってました! めでたしめでたし! めでたしめでたし! おめでとう! おめでとう幸せ! おめでとう幸せな生き物そしておめでとう花そしておめでとう世界の三百六十度をアルコール消毒するブラックニッカで俺の喉を焼き払ったら水道水のチェイサーで一首詠むんですね! それくらい分かるよさすがに! 刺す蟹! 刺す蛾! 蟹も蛾もむりして飲めないウィスキーを飲むものだから、なんかもうわーってなっちゃって、大変大変、大変! 大変なおめでとう! 大変な生き物たちそして花!! えろい!! そしてこぼれたブラックニッカの雫が、カウンターに肘をついて目を細める大変をさかさまに小さく映し出す、そして蟹も蛾もじょぼじょぼに溶けていく、ファナティック! 一日に二回ファナティック! ルナティック! おこられるぞ! さすがに! 刺されるかに! おこられるからやめてください! おこられるからやめたほうがいいです! おこられることをしてるんです! おこってます! いまにおこるんです! 「もうっ!」と声がしたと思ったら牛だった。彼もまたきびだんごにさそわれて甘い迷宮に誘われた悲しき魂なのです、牛! 刺し! 牛刺し! 馬刺! 豚刺! 俺刺! くそっ好きなポケモンを言うしかないのか。ゲームボーイを投げる遊びに飽きてきたから? それかいっそ珍しいポケモンになる修行を最後までしたほうがいいのかな。でも人間にはむずかしすぎる! 生き物にはむずかしすぎる! 破裂するにはきびだんごすぎる! ギムレットには早すぎるしブラックニッカでは安すぎる、俺が少女へと到達するには世界が間違いすぎている! 神様! 回し蹴りを教えてくれ! カクテルパーティーにさそわれるポイントを教えてくれ! きびだんごのレシピをこっそり教えてくれ! たのむから! 「好きなバンドはボンジョビです」と口走って軽く引かれるのはもう嫌だから! 河原で拾ったきれいな石をあげます! 森の妖精がくれたアウフヘーベンもあげます! キスしてもいい! お前が男でもいい! むしろ俺が女だったらいい! 細かいことはどうでもいい! 教えてくれ! 俺刺のおいしい食べ方を教えろ! 俺をおいしく食べてもらえる方法を教えろ! 私を食べてって言えるキャパを持つにはどうしたらいいのか! そして、そして、そして、司法試験レベルの難易度のなぞなぞを出す変態にこう聞け「うるさい! お前が好きだコノヤロー!」変態はときめく少女に変形して、巨大化する。そしてビルを破壊しながら「口説くのばかりじょうずになって」とはにかむ。そんな小説。こうして夜はふけ、たくさんあったきびだんごもやがてなくなり、生き物たちはひとりまたひとりと眠気に負けて泥のように泥のように眠りそしてぬりたくられる、物語のかたりては慈愛に満ちた笑みをうかべてこう呟く「少女になりてぇ……俺は少女になる。俺は少女になる! たとえ貴様ら全員を犠牲にすることになろうともな!」そして花だけが、いつまでも静かに咲いているのであった。

洋介じゃない窪塚君の今日の言動

今回の企画で制作をやっている窪塚君。何故かラブストーリーを強く推してくる。「金城さん今度はラブストーリーやりましょうよ! ラブストーリーいいですって! 甘酸っぱくて身悶えするようなやつをやりましょうよ! 時代はラブストーリーなんだ! 今こそ黙示録の時!」というわけで、無敵はそのうちラブストーリーをやるかもしれません。

とにかくエレジー

今日から禁煙します(二回目)

夢など

カブトボーグの夢を見た。リュウセイとビッグバンが闘ったりもしていたが、脇役のテキ屋のオヤジが面白かった。

テキ屋は鉄板で焼きそばと肉を焼いていた。肉は鳥むねのかたまりで、鉄板上にはやきそばが2塊、むね肉1つ、そしてうんこが1つあった。テキ屋は焼きそばの塊に「ジョン」「ポール」、むね肉に「リンゴ」と名付け、うんこは「ジョージ」だった。
そしてそれぞれを炒めながら、「ジョージいらねぇよな……ジョージいらねぇよ……」と、ずっとぶつぶつ言ってた。
そんな風に言わなくてもいいだろ、と思いながら見ていた。

そして五時半に起床。早起きはいいことだが、冬は寒くてしばらく行動不能だからあまり意味ないかも。
やや慎重に。

創世記

久しぶりにジェネシスが聴きたくなって、今「サパーズ・レディ」を聴いている。
「身体が溶けていくのがわかるだろ 泥になり 狂人になり」




九月八日のアポカリプス

鶏ガラエレジー

鶏ガラをはじめてとってみた。かなり安く、意外と食いでがあることが発覚。下ゆでしたのちネギとショウガとを同時に煮るだけ。誰でもできる。

和風リゾットを作ってみる(日本米を炒め、ガラスープで煮て、塩こしょうと醤油で味付けをし、溶き卵を入れる。これはたぶんリゾットではないな)。馬杉。水道水だったから風味にやや物足りなさはあるものの、味のベースとしての信頼感がすごい。こうして本物を食うと、インスタントなスープの素がいかに化学調味料でしかないかが分かる。

やはり毎日料理しているとちょっとうまくなるね。できれば今後も続けたいが、公演が近づくと人生を滅茶苦茶にされてしまうので、たまの趣味でしかない。

これからベーコンを薫製す。

新世紀ベーコン 改

老朽化で廃棄された一号、一回限りの実戦でお役御免になった二号につづき、薫製参号機を作った。

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子供の工作みたいだが、今までの知恵が凝縮されている。1kg以下の塊に特化した構造。
大型にすれば網を敷いて、薫製ホタテやジャーキーなども作れるが、オールインワンより個別にあった方がいい気がしてきた。家庭的には。

また七輪君も老朽化が激しく、ハンマーで一発殴れば瓦解するんじゃないかというほどヒビが入っている。壊れるのはしょうがないとして、炭をたくさん焼いているときにそうなってしまうのがちょい恐い。こーわーれーなーがらーきーみをーおーいーかけてくー

そんな俺の今日見た夢

もうおぼろげだけど書いておく。私はギター職人だったが、メタリカのメンバーに欠員が出たのでバンドの一員としてツアーに付き合わされた。速弾きなんてできないのに。そんな孤独さ、寂しさ。
そしてツアーの最後はメタリカのホームタウン、住民は大歓迎、メタリカのみんなも喜んでる。でも私どうしたらいいかわからず、一人取り残される。
一つの大きな木に、メタリカを歓迎する意の文が書かれた看板が掛けられていたが、その根のあたりは小さな汚い池になっており、体調20センチくらいのグロテスクだけどちょっとかわいい謎の生き物がいた。私はその生き物を手に取った。だれにも見向きされないはかない命。メタリカの栄光の陰にある弱きもの。そう思うと慈しみの念が湧いてくる。
ふと見ると、その木の近くにテーマパークらしき物があり、吸い寄せられるように入った。そこで見たのは、自身の過去の情景だった。数年前、私はここでダンゲーキサムーヴィの先輩といたのだ。やがて先輩と、小学校中学年くらいの私が現れた。先輩は演技をする上で大事な心構えを小学生の私に教えていた。私は大きくなった姿を見てもらおうと思って、その説教中の先輩に近づいた。向こうが私に気づいた。私はしかし、言葉が出なかった。何を言ったらいいのか分からなかった。やがて先輩は去った。
ふと辺りを見回すと、そこはイルカ園であり、広い水槽をパーテーションで仕切ってサイズ別のイルカが泳いでおり、その上に細い橋が張り巡らされている。私が橋の上を歩いていると元気のいいイルカに水槽に引きずり込まれた。そのイルカが、どうも全体的にぬるぬるしていて、顎がアリゲーターのように細く、またするどい歯の持ち主で、あまりイルカっぽくない。そしてイルカたちは絡み付いてきたり、甘噛みしてきたりする。恐くなって、必死で這い上がって逃げる。

テーマパークの外に出ると、ちょうどマラソンが始まるところだった。私のほかに選手は、phys君と、あと知らない黒人がいる。黒人はスキンヘッドで体格がよく、どちらかというと短距離か投擲の人のようだ。そうこうしているうちにマラソン始まる。現実ではたいして体力のないphysがやたら速く、最初からペースを合わせていると途中で疲れるな、と思い、数メートル遅れて走る黒人の後ろに着いて、風を避けながら走る。
黒人はいかにも速そうだったが、意外とスタミナがあまりなく、途中で抜いてしまった。
どうも駅伝というか、駅をチェックポイントにしながら終点を目指すようだ。私とphysでそこに向かって走っていた。
しかし、そこで向こうからハンマー投げのハンマーが飛んできて、physに直撃する。そしてあの黒人が「あっ、当たっちゃいましたか、すいません!」と平謝りしに来た。何でお前がハンマー投げやってるんだよ。
physは重傷だが、走ることはできるようだった。そうして二人で終点を折り返した。ちなみに黒人の名前はウサイン・ボルトであることが分かった。

コースは山奥の林道のようで、人っけがない。かなり寂しいコースだな、とphysが言った。私は「駅周辺になれば、陸上選手が村を作っているし、人もいるだろう」と答えた。どうやらこの辺りに点在する駅には、すべて陸上選手の村があるようだった。
そうしてハンマー投げの事故が起こった駅まで戻ってきたのだが、人が二人。ひとりは、小学生向けワークショップSAL-MANEに来ているナマイキな男の子「おっしゃん」で、もうひとりのウサイン・ボルトは真剣な表情でハンマーをぶんぶん回している。あいつ当てる気なんじゃないか? と恐怖した。

帰り。終電に近かった。physはおらず、かわりに193がいた。どうやらターミナル駅で、地下の連絡口から放射状に上りの階段が伸びていてプラットホームにつながってる。表示を見ても、どれが何線かよくわからなかった。私は193に「お前はどこまで帰るの」と聞いた。「ザ・国分寺までだ」彼は答えた。

余る時間

ちょっと空白の日ができてしまったので(脚本が上がるとしばらくそういう日がある)、また卒展に行く。
映像科、しずちゃんの「最悪の事態」とリッチの「人情物語」見る。
しずちゃんは想像通りグロテスクで意味不明な作風。私は彼女の才能もすばらしいとは思うが、作家としてうまく世の中を生きていけるのだろうか心配。大竹はどこにいっても大丈夫に思える安心感があるが、しずちゃんは、へたをしたら本当に発狂したり夭折したりするような気もしてちょっと恐い。
リッチの作品は、思っていたよりもシンプルな作り。特に出来事の起こらないアニメだったが、深みのあるいい出来だった。

その後油絵も少し見て回ったが、心を打たれるほどの作品は見当たらなかった。あとやっぱり先輩の影響が見られる。これはあの人系、と分かってしまってがっかり。
またスーパー系の人が例年より多めで、技術力の高い人たちがそこに吸収されてる気がしたよ。べつにスーパーでもいいんだけど、抽象もいいやつを見たかった。個人的には。あと油絵科ではパフォーマンスやる人いなかったね。俺が命がけで切り開いた道なのに。でもファインアートと身体表現を同じ科で教えるって、やっぱり不自然な気がするから、これでよかったのかもと思ったりもする。

しかし、この大学は歩いていると常に誰かに見られているような不安があって、心に良くない。

一体何を卒業すると言うのかね!

打ち合わせが潰れたので、ムジュビシノッサ大学の卒業制作展を見に行った。今年の四年は、私がサークルで作演していた時期に支えてくれた後輩たち。

優秀で意識の高い子が多い代だったので、期待してはいたが、なんと大竹・生田コラボ作品、湯浅・久米田コラボ作品の二つが優秀賞に輝いていた。すげえ。特に大竹生田は空間演出デザイン学科トップらしい。
ちなみに基礎デザイン学科はまだ優秀賞が決まってないが、ヒョードーや内茸君が今のところ候補に入っているという。みんなえらい。

そうして、関わりのあった後輩の作品は映像学科を残してほぼ全部見たが、やはり大竹コンビや湯浅コンビの作品が頭抜けていた印象。湯浅・久米田は「注文の多い料理店」を題材に、動く巨大猫を作っていた。調整が未完成ですべてのギミックが動くところを見れなかったが、また土曜日に見たい。

そしてなにより、大竹・生田の作品は素晴らしかった。作品形式は、しいて言うと「台詞のない人形劇パフォーマンス」だが、演出された空間が本質であるように見える。おもちゃを加工して作った動く人形、糸をうまく使った操作、舞台を何層もレイヤーに分けて効果的に使う演出、人形のデザイン、すべてにおいて別格を感じさせられた。優秀賞は単なる「ナンバー1」でなく「別格」であってほしいと常々思っているが、まさしく相応しい作品だと思った。
大竹はサークルでも106回公演「寿限無」を作演しており、その時も「やるじゃん」と思ったが、今回は敬服するレベルでしたね。今まで見たムサビ生の作品全ての中でも一番良かったかもしれない。
まだ映像のしずちゃんやリッチなどダークホースを残しているので、わからないけどね。

文革とか

読んだ


文革‐南京大学14人の証言文革‐南京大学14人の証言
(2009/11/27)
董国強(南京大学歴史学科副教授)[編著]

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南京大学の情勢に関わった人たちにスポットを当てたインタビュー。
やっぱり色々な人がいるもんだね。境遇も思想も。

面白かった裏話。当時学生だった虞さんによる証言。



革命委員会が組織した雨花台での「喫憶苦飯(苦しい時代を思って食事をする)」活動は、印象深いものでした。造反派も保守派も隊列を組んで雨花台に向かいました。雨花台ではピクニックと同じ様に、かまどに鍋をかけ、大鍋で、豆腐かす・ふすま・山芋のつる、といったものが入れられました。またこっそりと何か調味料も加えられました。しかし、油や塩は全く加えられませんでした。こうして黒ずんだ、嫌なにおいのするものができあがり、一人一椀ずつ分けられました。私は、何人かの「革命性」の強い派閥のリーダーが競争して、一椀食べてはまた一椀盛っているのを見ました。
 私は心中彼らに敬服しましたが、自分では食べられませんでした。その時、班長が来て「虞さん、ここは人が多過ぎるから、向こうに行って食べよう」と言いました。私は彼と一緒に山の斜面の誰もいないところに行きました。
 班長はすぐに吐き出して「ばかばかしい! これが革命か?」と言いました。私は驚きましたが、直ぐに班長の考えが分かって、笑って、吐き出しました。戻る途中で、何人かが空いた碗を持って集合場所へ向かうのを見ました。もうおわかりだと思いますので、これ以上は言いません。これは非常に面白い一幕でした。おそらくどんなことでもそうでしょうが、やりすぎてしまっては、でたらめが出てきてしまい、結果、滑稽なことになってしまうのです。これも弁証法です!



名もない小さな町の

今年三月にこの世界に登場予定の、ポエム君とカクさんの愛の結晶について、みんなでシニフィアンしてやろうというゴッドファーザーの会が今度行われる。

女の子らしいので、ぜひネオ癒しな名前をつけてみたい。

私はどちらかというと姓名判断などを重視しているので、そういうものにも適った名が挙ればいいなと思ってるが、先日さっくんと画伯の結婚式対策に冠婚葬祭本を買ったばかりなので、姓名判断本を買うのはちょい腰が重い。誰か買っといてくれないかしら。

そして、会場が私の部屋になるというので、やや考えた後、ベッドをばらして向きを変えてみた。本棚の下段が取りづらくなるかなとも思ったがあまり支障はなく、部屋が一気に広くなった。どうしてもっと早くこうしていなかったのか。溜まったホコリも一気に取れて一石二鳥なんめり。勢いでトイレもチリ一つないまでに掃除。便器を研磨剤でビカビカに磨いてやろうかと思ったが、さすがにしなかった。

私は部屋が汚れていてもあまり気にならず、しばしば散らかって足の踏み場もない状態にもなる。しかし、掃除をしはじめると自己目的化され、究極の奇麗さを求めてしまう。だから、掃除をしたといっても、それはあまり家庭的な情景ではなかったりする。

玉川上水と冬の日差し

午前。193からメール。「『ろくでなし啄木』を見に行こう」とのこと。だからなぜ当日に言うのかね。今日は打ち合わせする気でしたのに。いいけど。
日中、原稿をつめる。とりあえず配ってもいい程度に練れたので、ムジュビシノッサ大学に行き、工作員カクさんの協力を得て20部刷る。
その後池袋にて、193とともに「ろくでなし啄木」を見る。
いい芝居だった。
藤原竜也はやはり大変にうまい役者だな。動線がとても美しく、かつわざとらしくない。
脚本も、役者の演技力の高さを前提にしたような、肩の力の抜けた感じだった。
いいな。

あと、アクセントのミスをアドリブで笑いにするのを見れて、もうけもんだった。藤原さん苦笑。
三谷幸喜さんの芝居は、形式に忠実だけど、その上でそういうのが素直に効くあたりが現代的だな。
東京乾電池がシェイクスピアをやって、ある役者が盛大に台詞を飛ばしてしまう場面が映像で残っているけど、あれは柄本明さんの力業と、小劇場系の文脈でどうにかなったように見える。
藤原竜也で自然に起こるというのが素敵だと思った。

ちょっと気になったのは、やはりお客さんは笑い過ぎかなと。
コメディタッチだけど、あれはとても残酷な話なので、笑うに笑えないシーンでも平気で笑いが起きていると感じる場面がしばしばあった。
読解力が気になる。







猫を抱く夜

学芸大の昭和文学ゼミで発表。やりながら、守りに入っている自分を発見した。もう二回発表したし、次からはあまり身構えずに全身を骨折する覚悟でおもしろい論を敷いていきたいと思った。キャンパスにいる人懐っこい猫がかわいかった。

あと、ホルベインが「VERNE'T」シリーズを出しましたね。数日前気づいた。買ってないから全然わからないけど、クサカベでいうミノーとギルドの中間くらいの感じなのかな。カタログの実技例ではインプリマトゥーラとかグレーズとか言ってるので、まあ古典技法向けでしょう。

気が向いて、そのときお金が余ってたら使ったり、感じを書いたりするかも。でもその前にルフランとターレンスを書きたいんだよな。まあ、気が向いたら言及することもあるかも。

俺の前世は多分詐欺師かエスペラント星人

きょうのにっき。

年末に大掃除がはかどらなかったので、日を分けながらぼちぼちやっている。居住空間とキッチンがわりと整理される。アトリエ部屋が問題。

昼、こまごましたものを買い出し。帰りに自転車で走っていると、むこうの交差点から怒号が聞こえる。事故か喧嘩でも起こったかな? と思ってると、どうやら一人の女性が独り言で怒鳴りながら歩いている。支離滅裂な内容だが、ヤンキーの口上のようだ。自転車で追い抜いたら、「一億円請求するぞオラァーーー!! その自転車必要経費で落としてやんよゴルァアアアアア!!」と怒鳴られた。うーんあんなに陽性症状爆発な人は初めて見た。普通に歩かせて大丈夫なのか。あと喉がかれてた。あんなに叫んじゃねえ。無事を祈りつつ帰宅。

夕方からイタリアンのフルコースを作ったり食べたりする。一人で。

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前菜三種盛り合わせ。オリーブと生ハムのやつが神の出来だった。レシピは秘密。


その後あと二皿残してかなり腹がいっぱいになった。やはり一人だとどうしても量が多い。なので、ちょっと休憩して、また小腹が好いてきたら残りを消化しようと思う。今ここ。

即興劇の思想

木村君のインプロワークショップ団体SAL-MANEの練習に行った。
キース系のインプロ。これはやっていて非常に楽しい。
昨年末もコメディストアのワークショップに出てたので、最近かなりキース分を浴びている。

在学中にやってたインプロ研究室ペンシルジラフは、即興としてはかなり異端な思想に基づいていて、私はその中で即興を学んだので、キースをやるといつも不思議な気分になる。
失敗を笑えるのは、楽しい。
キースのインプロは、プレイヤーの人間性を認めている。

ペンシルジラフ的な発想だと、例えれば「失敗をも笑いに変えなければならない」みたいな、結果が同じ方向に向いているとしても解釈が全然違っている。
キースが、プレイヤーに生身としての人間を前提としているのに対し、ペンシルジラフは舞台上に発現してる表現体しか問題にしてなかった。「即興ゆえに困っているプレイヤーの姿が、客にとってはおかしくて面白い」というのが次元上存在しない。
だからステージでうまくいかなかった役者は、沈んだりキレたり泣いたりしていた。失敗は屈辱を意味していたのである。あれは人間の否定から始まっている気がする。
母性と父性のような違いか。
報われるのは拍手喝采を浴びるときのみ。

そんななかで、佐野画伯の超絶ストイックな姿を見ていると、心にくるものを感じたりもしていた。私も必死だった。
あんな辛いことの方が多いインプロを、よくみんな本気でやっていたと思う。

だから、人間を認める理論は、私にとってはびっくりの世界ではある。シチュエーションとしては、幼少時に生き別れになった母が突然現れ「私があなたのママよ!」と抱擁してくるような。甘えていいのかどうなのか分からん感じ。「僕を見捨てたくせに、いまさら母親づらするな!」とドラマティックな台詞を言うこともできる。
だから、育ちのアレで、私にとってキースは「特殊例」になってしまっている。そういう逆転があるんです。

そういうふうにキースを、あくまで「非常に有効な即興劇解釈の一つ」として捉えているのは、上記のように全くキース理論に関わらない方法論で即興劇を考えて、またしばしば特殊な結果を得られた体験があるからだ。キースの即興は人を自由にするが、こういういきさつがあって、私には「自由になるための一種の矯正」のように一ひねりして感じられてしまったりする。
因果なことだ。

しかし、キースに基づく団体の中でも、私はいい仕事ができますぜ。木村君。期待してくれ。でも、俺は本番で失敗をするのは嫌なのね。理解してほしい。一人はこんな奴がいてもいいんじゃないかな。

アゾってる日

physとスカイプでアゾ顔料の話をしていて、彼が言うに「アゾ発色基がどうこうという話は、物理化学だったら化学かもしれんが、どちらかというと物理、工学なのでは?」と指摘される。どっちにしろ私には無理だということだな。理系うらやましい。

今日は一日、色々走り回って人と会うので、息切れしないよう注意したい。


追記:「工学じゃなくて光学だ」と突っ込まれる。まるでだめ夫ですな。

うんぱん♪ うんぱん♪

OH YEAHの「運搬」、レジュメを牡蠣終える(牡蠣を終わらせてやった)。河野多恵子の謎解き感覚とちがって、どう解釈するかに尽きるというか、固い地面を掘ってる感じがしたけど、慎重に選んだ突破口からつつくとズルっと解けた。さすがノーベル賞作家、よく純文学が作れてるよ。
「読みに正解はないが、不正解はある」と言われる。しかしわりと忠実な読み方をしたので、この論で怒られることはないだろう。

ところで、このゼミで純文学を精読するようになってはじめて、今まで読んできた本は真に深く理解したことはなかったのだなと気づかされた。そして私がそうであったように、多くの人もそうなんだろう。そう思うと寒くなってくるので、私は分かりやすい愛を振り撒きながら生きていこうと思う。

愛してるよ。えへへっ(かわいい)。

ノーベルストリーキング賞

今度は学芸大の昭和ゼミでの発表を控えている。やるのはOH YEAH ケン・さぶ郎さんの「運搬」。牛肉密売の運び屋をバイトでやることになった学生の話。でも、「死者の奢り」もそうだったんだけど、この手の小説、知識青年のたわごとという印象が拭えない。上から目線が激しすぎるというか。
ちょっとどこからとっかかり作っていこうか考え中。
うまく掘れたらいいが。

そして、念願のテルメ小川に行った。温泉最高ですよ。そういえばちょうど一年前が修了制作の練習期間だったな。地獄だったので記憶は鮮烈だが、同時にはるか昔のことのように思える。
のど元すぎれば熱さ忘れる、というように、最近「異跳」の再演もいいかもなあ、なんて思いはじめたりもする。
どうせ、あと五年くらいしたら肉体的に不可能になるんだし。
残された若さを生きる。

闇の青梅街道

日中、脚本の推敲。ほぼ終わる。しかし、長いのでとりこぼしがまだまだある気がしてしまう。
もう一発、ぴちっと締めてから上げたい。

夕方頃、突然温泉に行きたくなり、思い立ったが吉日と、夜にテルメ小川に行く。
しかし、やっていなかった。どうやら月に一度の定休日のようだ。るるるる。
古本屋で「谷仮面」を買って帰る。

寝た子を起こす

脚本を手直し。
時間をあけて再び読むと、やはり印象がちがう。
でも今回、面白さを重視したので、やはり我ながら面白いよ。
乞うご期待。

しかし、二時間の脚本は読むだけで大分時間を食ってしまうな。

つぶつぶの勉強

アゾ顔料について勉強しようとしたら、完全に化学の世界だったので30分程度で挫折した。
今から有機化学を勉強するのは骨が折れすぎる。どうすればいいんだ。
そもそも、絵描きにとってどこまでが材料への理解と想像力が必要な範囲なのか。

ある日、私は菜食主義について考えていた。強硬な菜食主義者は、牛の屠殺や処分の場面の映像をネットで流したりしている。
しかし私は彼らの言う菜食主義は嫌いであって、なぜなら、あの人たちは想像力がなさすぎる上に悪意があるから。
彼らは肉食がいかに残酷かをありのままに知らせる、と言ってるが、プロパガンダである以上、自分らの主張を最も印象づけるカットを選び抜いており、そういう点において誠意はない。
また、排他性があることも評価できない。
そしてなにより、草はよくて肉は残酷というのは、きわめて勝手な言い分である。イルカや鯨もそうだが、知能が高い動物を殺すのが残酷と言われている。
しかし、知能の高低で、命の重さを決めていいのか。
たしかに人間に近い生き物ほど、シンパシーは得やすい。しかしシンパシーは感情であり、思想にしてはいけない。殺人ですら、シンパシー以上の理由をつけることで、はじめて禁じられるのだ。

植物を育てたことがある人なら、蔓を伸ばしたり、日の方を向いたりして、命に執着する様子を見たことあるはずだ。
植物には知能はないが、本能で生きようとしている。

もちろん、もっと小さい生き物になると、想像力を超えてしまうことはある。細菌とか、遺伝子は持っているが生物ではないウィルスなどは、日常その命について考えることはない。しかし、私が言いたいのは全ての命は食物連鎖のピラミッドの中でつねに関わっていることで、その上部にいる者は、ほかの命を奪わずには生きながらえないということだ。

自身あるいは種のため、ほかの命を奪うという点については、抗生物質も稲刈りも屠殺も同じである。

一部の動物を感情的に特別扱いにしてしまうのは、絶対に悪いとはいわんけど、弱い考え方ではある。
それは本質には触れていない。
どうあがいても、人間は殺生与奪がついてまわる。絶対に逃げられない罪というのが存在するのである。だから西洋では、そういうことをキリストに背負ってもらったのだよ。


と、ひるがえって自分を見るに、絵具や油については、見た目上の性質は理解と想像力の範囲内である。油の化学式とかヨウ素価とかもある程度は分かる。つまり、これらの性質は擬人化することができる。
しかし、それらを構成する原子や、さらに電子やら陽子やらになると、もう何も想像できなくなる。
これらは油彩の技術に直接影響はしない。が、今私が研究しているものの内容もすでに直接影響はしなくなっている。それでも理解を深めることで、最終的には絵に生きるのである。
つまり、射程としては遠くなるが、電子や陽子を擬人化できるほどに理解することは、油彩の技術に影響をあたえる可能性があると言える。そうであるのなら、できることなら勉強する価値がある。

あと、見た目や分子のレベルで考えていると、それらの様子は大変賑やかでハートフルなのだが、原子以下に踏み込んだ瞬間沈黙の世界になってしまうというのが恐いというのもある。

しかし、私はこの辺りで限界だろうな。これから化学や物理をがっつりやるのは非現実的だ。
そういう点で、菜食主義者と同じように思考停止しているような気がする。
どうなんだろう。こういう話題はI綿先生と話してみたい。しかしまた会えるのかどうかは微妙。

願わくば、美術界に素粒子がっつりできて、クォークに萌えながら脳内で絵画に直結できるような奴が登場せんことを。私が行けなかった領域に行ってほしい。

ううううううううえの

デューラー見てきました。メランコリアも騎士なんちゃらも来てて、見応えがっつりでありんした。版画もいいよね。油もいいけど。
聖母マリアを不細工に描き続けているあたりに漢を感じた。さすがドイツ。神聖ってる。「ラファエロなんて俺が潰す」的な。いいな。抱きしめてキスしたいな。くすぐって怒られたいな。でも仕返しに全身をビュランで彫られたらどうしよう。死ぬな。それはいやだな。

るるるるーるのるーるるうー

新宿にてトモチャンと打ち合わせ。ナイスなデザイン画。長編作演五回目にして、だんだん総合芸術を真に理解しはじめました。私。日々勉強。

おなかが減っていたので、デザイン画を見ながらお飯をがつがつ食ってたら腹が苦しくなった。生きるのって難しい。
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金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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