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寝た子を起こす

脚本を手直し。
時間をあけて再び読むと、やはり印象がちがう。
でも今回、面白さを重視したので、やはり我ながら面白いよ。
乞うご期待。

しかし、二時間の脚本は読むだけで大分時間を食ってしまうな。
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つぶつぶの勉強

アゾ顔料について勉強しようとしたら、完全に化学の世界だったので30分程度で挫折した。
今から有機化学を勉強するのは骨が折れすぎる。どうすればいいんだ。
そもそも、絵描きにとってどこまでが材料への理解と想像力が必要な範囲なのか。

ある日、私は菜食主義について考えていた。強硬な菜食主義者は、牛の屠殺や処分の場面の映像をネットで流したりしている。
しかし私は彼らの言う菜食主義は嫌いであって、なぜなら、あの人たちは想像力がなさすぎる上に悪意があるから。
彼らは肉食がいかに残酷かをありのままに知らせる、と言ってるが、プロパガンダである以上、自分らの主張を最も印象づけるカットを選び抜いており、そういう点において誠意はない。
また、排他性があることも評価できない。
そしてなにより、草はよくて肉は残酷というのは、きわめて勝手な言い分である。イルカや鯨もそうだが、知能が高い動物を殺すのが残酷と言われている。
しかし、知能の高低で、命の重さを決めていいのか。
たしかに人間に近い生き物ほど、シンパシーは得やすい。しかしシンパシーは感情であり、思想にしてはいけない。殺人ですら、シンパシー以上の理由をつけることで、はじめて禁じられるのだ。

植物を育てたことがある人なら、蔓を伸ばしたり、日の方を向いたりして、命に執着する様子を見たことあるはずだ。
植物には知能はないが、本能で生きようとしている。

もちろん、もっと小さい生き物になると、想像力を超えてしまうことはある。細菌とか、遺伝子は持っているが生物ではないウィルスなどは、日常その命について考えることはない。しかし、私が言いたいのは全ての命は食物連鎖のピラミッドの中でつねに関わっていることで、その上部にいる者は、ほかの命を奪わずには生きながらえないということだ。

自身あるいは種のため、ほかの命を奪うという点については、抗生物質も稲刈りも屠殺も同じである。

一部の動物を感情的に特別扱いにしてしまうのは、絶対に悪いとはいわんけど、弱い考え方ではある。
それは本質には触れていない。
どうあがいても、人間は殺生与奪がついてまわる。絶対に逃げられない罪というのが存在するのである。だから西洋では、そういうことをキリストに背負ってもらったのだよ。


と、ひるがえって自分を見るに、絵具や油については、見た目上の性質は理解と想像力の範囲内である。油の化学式とかヨウ素価とかもある程度は分かる。つまり、これらの性質は擬人化することができる。
しかし、それらを構成する原子や、さらに電子やら陽子やらになると、もう何も想像できなくなる。
これらは油彩の技術に直接影響はしない。が、今私が研究しているものの内容もすでに直接影響はしなくなっている。それでも理解を深めることで、最終的には絵に生きるのである。
つまり、射程としては遠くなるが、電子や陽子を擬人化できるほどに理解することは、油彩の技術に影響をあたえる可能性があると言える。そうであるのなら、できることなら勉強する価値がある。

あと、見た目や分子のレベルで考えていると、それらの様子は大変賑やかでハートフルなのだが、原子以下に踏み込んだ瞬間沈黙の世界になってしまうというのが恐いというのもある。

しかし、私はこの辺りで限界だろうな。これから化学や物理をがっつりやるのは非現実的だ。
そういう点で、菜食主義者と同じように思考停止しているような気がする。
どうなんだろう。こういう話題はI綿先生と話してみたい。しかしまた会えるのかどうかは微妙。

願わくば、美術界に素粒子がっつりできて、クォークに萌えながら脳内で絵画に直結できるような奴が登場せんことを。私が行けなかった領域に行ってほしい。
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金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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