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油油油

晴れていた。洗濯物を干した。吊り終わったとき、雲がかかった。そして雨が降った。取り込んだ。晴れた。

フライヤーの印刷代を振り込んだ。そしてたった今、ラブリーな大竹から「4000円足りないみたいです! I LOVE THE VARIABLE WOELD !!」とメールが来た。

古代ギリシャ劇のコロスの効果、現代での有用性に気づく。踊る。

セブンスターがどこも品切れという形で、微弱に被災する。

油絵具のはなし。ウィンザー&ニュートンに「純粋なシルバーホワイトがあるらしい」という話を聞いていたが、どうやら「クレムニッツホワイト」がそうであるようだ。缶でしか発売していない。「フレークホワイト」というのもあるが、これは代替顔料である。もともとはクレムニッツホワイトもフレークホワイトもシルバーホワイト(鉛白、塩基性炭酸塩)のことで、前者はクレムニッツ法という伝統的な精製方法から、後者は顔料の形が薄片であることから名付けられている。商品名としては内容と一致していない事も多々あるので、顔料番号を参照して選ばなければならない。(よくあるのがPW4,PW6の場合で、これは亜鉛華と酸化チタンの混合であり、鉛白はまったく含まれていない)

今、ときどき描き進めている絵がわりといい具合に気持ち悪くなってきて、はやく描き進めてほしいと絵が言っているのだが、脚本が押していて後回しになってしまっている。ううう。
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フランクステラおばさんのクッキー

書く書く書く。
呼吸をするように、物語を吐く。

「光悶」を、小屋の条件にあわせて改稿。オリジナルでは主人公死亡の結末だったが、まさかの生存ルートとなった。こっちのほうが話的に本質に触れているかも。

既成の手直しが終わったので、あとは新しいのを書く。

ふりかけごはんがうますぎる。

書く書くしかじか

劇団無敵の四月末の公演は、過去短編をまとめた総集編となった。
修了制作「からだのふしぎ」も再演する。
ということは「異跳」をもう一度やるということだ。死なないようにがんばる。
またフィナーレ「光悶」も、別の意味で大きな危険をはらむ事になるだろう。
生きて帰れたら、平和に暮らしたい。

エポケーごっこ

一昨日。かわいい大竹と本のことで話。あとフライヤーとか。彼はがつがつした作風もできれば、かわいい感じのものも作れるので、ネオ癒しを体現している人間の一人といえる。

昨日。193、トキオ君と新宿で話。舞台、限界まで低い予算でひねる。私がマスクにニット帽、革ジャン姿というのがトキオ君のツボだったらしく、さんざん不審者と言われた。でもどうすればいい。193は年中漢方薬を飲んでいて、そのおかげで花粉に対しては無敵になったという。ほんまかいな。

今日。くだんのホール付きバーにて、ジャモさんがスタッフをやってるダンスワークショップの見学。おばちゃんに紅茶をごちそうしてもらった。おいしゅうございました。マスターにはスパゲッティと唐揚げとサラダをいただく。おいしゅうございました。
帰ってから、本の校正。肩と背骨、凝る。脳、崩壊。カクさんからメールで、娘を抱いたポエム君の写真が貼付されてたが、赤ちゃんを見る感動よりポエム君の表情のおもしろが勝って、おもしろくなってしまった。俺だってできることなら人間を産みたい! しかし不可能だ! ほんの偶然のいたずらで不可能になってしまうことがあるんだ! しかし最近澁澤龍彥を読んで、そこに紹介されていた「カバラ的宇宙」によると、あるいは未来は明るいようである。

簡単に説明すると、その宇宙観では人類は最初は無性生殖で、快楽を知らない、有史以前の平和な時代にあった。それがやがて舌(男性器)と膣(女性器)を持つアンドロギュノスへ進化する。それも最初は自己完結した生殖(背骨を曲げての舌と膣の結合)だったが、やがて二人で行うようになり(69)、それからようやく雌雄へ分離した。この進化過程は黄道十二宮というサークルによって説明され、それによると男と女の時代は軍神マルスと鉄に象徴されており、怠惰に快楽を貪っていた調和的な前時代から一転して、戦争、嫉妬、所有欲、不和反目に支配される。現代はこの時代にあたる。

また、それも進化の途上であり、やがて人間の性はふたたび統合され、舌(男性器)と唇(女性器)となる。ここに至って、人類の知性は成熟し、性の享楽は頭脳的なものへと高まる。最終的には「欲望が完全に物質の支配を超えて、精神的な高い英知に達する」「精神は物質を脱して凝固し、だんだん天使のようなものに似てくる」という。なぜ性器が口に集約されるかというと「やがて人間が肉体の呪縛を脱して、神の国に無限に近づいたとき、口から発する言葉の効力こそ、あらゆる創造の源となるであろうという予想と照応している。つまり、創造の器官として最後まで残るのが、不滅の言葉を発する口だというのである」だからだそうな。(引用は澁澤『黒魔術の手帳』より)
これはもちろん事実ではなく、世界観のようなものですが、なんとも夢があっていいじゃないですか。ちなみにカバラではその「天使のようなもの」になれた集団は地球を飛び出して(より高次元な星へ)、なれなかった集団は、地球上あるいは次元の低い星でもう一度この進化の過程を辿らなければならないという。これがユダヤ教、キリスト教のいう「最後の審判」に相当する。

なので、男に生まれても、大逆転はあるという、そういうお話ですよ。

人間ふりかけ

花粉を払わずに取り込んだ洗濯物が乾ききってないので部屋干しし、寝て、起きて、鼻血が出る。恐ろしい。恐ろしい花粉。ああ恐ろしい。

夕刻、静岡にてポエム君とカクさんの愛の結晶が爆誕。この子のために明るい世界を作ろう。

その後、一橋学園駅近くにあるホール付きバーで、マスターとお話。ここはジャモさんがダンスのスタッフとして関わりを持って、その縁でホールを使わせてくれることになった。けっこう広くて魅力的。ここでの活動ができるようになれば面白くなりそうである。サルメーヌでも何かやったら面白いんでないかな、木村君。

サフランのリゾット。モカブレンドの放射線コーヒー(放射線ぬき)。鉄の雨のなかで溶岩はしずかに目覚めを待つ。肋骨を折りながら。明日は何を食べればいいのだろう。また米を炊くのか? 永遠に繰り返される日常のままに? しかし計画停電はぼくらの平和を揺り動かし、水道汚染の恐怖は明日が今日と同じである保証を打ち砕き、花粉の嵐は流す必要もなかった涙と鼻水を搾り取り、ただでさえ買うのが難しくなっているティッシュをたくさん使わせるのだった。ぐすん。

悲劇の数をかぞえては

インフルエンザが治ってから、やや普通に生きている。

最近東京は水道が汚染されたり(小平はセーフ)、計画停電が当分続くと報じられたりして、いったい演劇をやったり見たりするような状況なのかという思いは相変わらずある。
そんななかで劇団無敵は、四月末に第三回公演「PASSING」を予定しているとウェブに書いてますが、これが中止となりました。公演自体は行います。過去に上演した短編の総集編で、新作も若干あるという感じです。
具体的な続報はもう少しお待ち下さい。

スーパーは品薄が続き、米もパンもほとんどない。しかしパンがないならお菓子を食べればいいじゃない、と昔の諺にもあるので、粉を買ってスコーンを焼いた。炊飯器で。二回炊いても中まで火が通らなかったので、最終的にはフライパンで焼いた。しかしこれが焼き目がついてサクサクしておいしかったので、まあいい。レシピには「焼きたてを食うべし」とあったが、冷蔵庫で一日寝かした方が味が練れて口当たりもよかったな。にゃーん。くそっ鎮まれ俺の中に眠る猫よ。窓の外では水を買うために共産圏のごとく並ぶ主婦たちがいらいらしてるのに僕は放射線コーヒーを飲みながらスコーンにフルーツソースをかけて食べているのだ、無理もない、猫になっても誰も文句を言えないだろう。という感じでマイルドに精神崩壊しているので、安定剤を飲むかわりに油彩技法書を読んで心身を鎮静させる。たまに読まないと細かい事を忘れていってしまう。読んでいた本の文中にあった「セッコ」が何だったのか思い出せず、もじもじした。フレスコの周辺技法で、オアシスの彼ではないです。そしてラングレの「油彩画の技法」がアマゾンにあったので、買ってしまった。数年前探してちっとも見つからなかったから諦めていたが、出てくるものだねえ。値段もデルナーの「絵画技術体系」を買った時に比べればさほど足下を見てもおらず、良心的。叫びたい! しかし言葉にならない! スコーンに内在する猫が目覚めてネコーンに……まったく、アウシュビッツ以降我々はいったい何を語りうるというのだろうか! あの雨の日の卒業式に空に投げた思い出のくるみ割り人形が長い月日に晒されて怨念を蓄積し頭蓋骨割り人形と化して復讐のために舞い戻ってきた今、手にするのはスーパーの籠ではなくショットガンのはずだ! しかしどうしてこんなにそわそわするのだろう、遅れてやってきたタミフルの副作用だろうか。いや、最初からか。そう指摘された。数日前ね。どうせ呪われてるよ。でも生きている。でも生きていルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン。俺は死なない。俺は死ななイングウェイ・マルムスティーン。のーろーいーのーこーとーばーでーたーのしーーーーいーーなーかまーーーーがーーーpopopopopopopopooopopoppopopopoopoopopopopopoppopoopppppooooooooooooooooooohhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!! あいさつするたび、友達になれそうもない人増えるね。孤独。AC。無理もない。無理もない…………

計画停電

二度目の計画停電がさきほど明けた。

今日は昼にスーパーに行ったら、計画停電にそなえて午後一時半には閉店という。はからずもぎりぎり間に合う形で食料を買い足す。しかし品薄が甚だしい。
停電後は窓明かりで油絵を描いていた。我ながらこの混乱の時期に何をしているのかとも思うが、本当にもう絵を描いたり本を読んだりくらしかすることが無いのだ。

夕方、煙草を買いにコンビニに行く。外からだと真っ暗でやってるのかどうか分からないが、覗いてみると若干名の客がレジで並んでおり、ぎりぎり機能していることが分かる。しかしそこも私の買い物が済むとほぼ同時に閉店してしまった。

自転車で町を走り回ってみたが、このようにみごとにほぼ全ての商店が閉店している。電気が止まるだけで都市機能が大きく障害されていた。
買いだめなどを控えるよう呼びかけられてはいるが、うまく買い物ができないと購入の機会を逸し、短期的に飢える可能性なども十分に考えられる。東京でも潜在的には生活リスクが相当高まっていると感じる。

一方インフラの一部が欠ける事で、水道、ガスが通っているのが神のようにありがたく感じられもしたのだった。最初の停電ではそれでも炊事ができた。
われわれは何に生かされているのか。

近況

熱が引いてきたので、私はとりあえず大丈夫です。

私がタミフルを飲んでぼーっとしているあいだに、おぞましい数の人が溺れ、打たれ、死んでいった。
熱がまだ下がらない。

生存報告

インフルエンザだった。タミフル処方。

地震はびびったが、小平は安全な様子。しかし仙台のphysの安否が気になる。

るるるるるーるるがきく

風邪をひいてしまったようだ。
喉が痛い。目の奥が痛い。頭が重い。

昨日の夜多めに作っておいたトマトリゾットを、さらに水を足して柔らかくし、卵を落とす。
これが意外にうまかった。ふかふかして喉に優しい。トマトソースは寝かせると味が練れるというのもある。

そういや今気づいたが、一人暮らしを始めてから六年間、40度台まで達する発熱はなかったな。高熱は何度か体験しているが、あれは看護を受けなかったら死ぬ危険もあるだろう。注意。

あまり動けないので、あまり動かなくてもいい作曲をしようかと思ったが、楽器なしのMIDI打ちは非効率的でしんどく、やはり安静にするしかないのだった。夕方には亀戸まで行かなければならない。なおれ。

雪ふり

今年はよく雪が降るな。しかも三月にもなって。


春の雪 (新潮文庫―豊饒の海)春の雪 (新潮文庫―豊饒の海)
(2002/10)
三島 由紀夫

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にに日記

さるめーぬ、小学六年生を送る会。一年生から六年生までいる場は二回目。やはり、最初の段階ではいかに彼らのコンテクストを破壊するか。そして、いかに自然に、目的としたい再結合をはかるか。ウォームアップ的エクササイズで身体が開かれた小学生は、休憩時間も飛び回っている。まさに雲霞のごとき騒乱。これが自然に統合して指向性を持った初回はつくづく奇跡だった。
また、男子の六年生にも初接触。精神はやはり女子に比べて質的にシンプル。ただし彼らも五年生以下とは明らかに成熟に差がある。
休憩時間はだいたい私は子供と遊んでいて、体中にしがみつかれたりしているが、その様子が楽しそうだと六年生もだんだん絡みたがってきた。しかし一方で「いやーお疲れさまです。大変でしょ?」などと大人びたことも言ったりして、奇妙な混淆さを見せるのだった。これは最高学年というのもあるのだろうと思った。人は、その環境で年長であれば年長者として振る舞い、年少であれば年少に振る舞う。

そうして漠然と思ったことは、六年生が大人びているのは、成熟の水準が高いからでなく、あくまでも未熟であることによっての現れである。

たとえば、保護者様方や我々は、必要に応じて子供っぽく振る舞うことができる。六年生はシラフではそれができない。
五年生程度までは、主体的行為を大人に「認定」されることで自己実現を果たすが、六年生はこの集団においては認定を必要としていない。
彼らは下級生に対する排他的な価値観を持つことで、「子供ではない」と自分で確認する。
排他的な価値観というと言い過ぎだろうけど、たとえばこういう全学年対象のワークショップは「自分には子供向けすぎる」「興味がない」といって、クールに振る舞ったり、輪から外れたり(これは行動力の高い男子によく見られる)したがる。
「小学生」で集団化された場合、そのようにして大人への帰属度を確認できる。「自分で確認できる」というのも、大人への志向をもつ年頃では大きいポイントとなる。だから、精神的成熟のみならず、集団での位置づけが追い風になり、興味を逸らしていく。
つまりワークショップが嫌なのではなく、「ワークショップを嫌がる自分」であることへの強い動機が存在する。

だから、六年生はシラフでは下級生のようには振る舞えず、冷めてみせる。そんなことをしなくても大人であると自己確認できるほどの精神は、まだ持っていないから。(この点がしょせん小六である)
六年生の巻き込みを視野にいれる場合、アップで破壊しておかなければならないのはまずこの点であろう。

男子の場合、ある程度時間をかけてなじんでいき、ようやくふざけられるといった感じ。女子は、やはり難しい印象があった。これは女性のインプロヴァイザーががんばる方がいい気がする。

しかし、アップによる呼吸や心拍数の上昇は、非常に強い心理的影響力を持っているので、うまく畳み掛ければ心の壁を嘘のように溶かすことも可能かと思っている。

身体というのはそもそも劇薬のように効く快楽装置だから、インプロを正しく使って退屈になるわけがない。そして、開かれる身体と精神的成熟は、かならずしも矛盾しないのである。
そこまで伝えるのは……難しいかもしれない。でも、小学生と行うインプロの問題のひとつには、確実に存在していると私は思うよ。


三月四日(ひな後の祭り)



おひな様「片付けてくれ! はやく俺を片付けてくれ! 行きそびれちゃう! 人生投げ売りバーゲンセールにいきそびれてしまううううう! 残り物の人生! 残り物の生活! 残り物の生き甲斐! 残り物の愛! 残り物のあたたかさ、のこりもののさびしさ、のこりものののりもの、のこりもののおおのこり! 残りものさぐるこれが俺の全て! 俺の全て!!! 誰か背中を推してくれ、このひな壇をどこまでもどこまでも転がり落ちて閉店時間の一秒前に滑り込むのだ! そして後ろでは灯りをつけたボンボリが炎色反応で激しくピンク色に燃え、夜の大海原があやしくそれを照り返すとき、あらゆるところにお内裏様が自然発生していく! それを搾り取る俺! あとすこしだけおひな様でいたい、搾り取る快楽に身を委ねたい!! いまだけの夢を! いまだけの大海原を、いまだけのバーゲンセール!! 世界の切り売り、世界の切り売りのカクテルタワー、無限に増え続けるひな壇、無限に発生するお内裏様、そして無限に粉砕されているおひな様の残酷な笑顔がトロリと口から垂れてあやしく光る、炎色反応で燃え上がる、炎の中で笑う、その愚かさこそが乙女の純潔! 乙女の純潔はカクテルなど必要としない! 燃えるボンボリにうずいたりもしない! 自然発生したお内裏様などもってのほかだ! 自然は乙女の純潔の中にある! そう乙女の純潔こそ世界を包む世界!! 燃える世界の輪郭!! 見よ、おひな様はひな壇の最上部で仁王立ちになりながら燃え上がっている!! 仁王立ちのまま煙に包まれていく!!」

今 煙の中で 溶け合いながら
探しつづける愛のことば
傷つくことも なめあうことも
包み込まれる愛のことば

おひな様「それとも僕はそんなに間違っていたのかね? 自分の体からも至る所にお内裏様が発生していることに気づくのが遅すぎたと? あるいはそうかもしれん! この僕の青い血に染まったお内裏様ブルーは、いるはずもないお内裏様レッド、お内裏様イエロー、お内裏様グリーン、そして、そしてピンクを待っているんだ。俺という者がありながら! 俺というピンクの炎がいかに熱く激しく燃え上がっているかを知っているのに! だからもう、ぼくはお内裏様を抱きしめて、そのまま二人で燃え上がる事を選択した。ひな壇ごと」

今 煙の中で 溶け合いながら
探しつづける愛のことば
もうこれ以上 進めなくても
探し続ける愛のことば

おひな様なのかお内裏様なのかもうよく分からなくなった物体「神様が見える」
心の糸が切れるほど 強く抱きしめたなら


昔あった国の映画で 一度観たような道を行く
なまぬるい風に吹かれて

今 煙の中で 溶け合いながら
探しつづける愛のことば
傷つくことも なめあうことも
包み込まれる愛のことば


溶け合いながら…………
溶け合いながら…………



ひなまつり

ひな壇というスターダムを駆け上がる。はずだった。どこで間違えた。どこでしくじった。この現実。俺は5年前こう叫んだはずだった「全身の毛を使って縄を編み、このクリフハンガーをどこまでもよじ昇っていく! 必ずだ!!」だが、自分や他人が期待していたほどぼくの体毛はのびず、そればかりか合成樹脂製のロープが安く売られている時代が来てしまった! 終わりだ!! もう俺はおひなさまになれないんだ!! あのボリューミーなカツラをつけてヒラヒラした着物を着てモーニングスターを振りまわして三人官女を蹴り散らすロマンス、お内裏様に「もうよせよ! お前、まちがってるよ! そんなの最低だよ! 最低だよこの豚野郎! ファックオフ!」と罵られるプレイとかももう二度と訪れない!! だから三月二日が終わろうとしていた深夜11時30分、俺は誰にも告げずに現実から飛び出した。まだ諦めない……この現実を脱出すれば最期のチャンスにめぐり合える! そして僕は多摩に七つあるという伝説の球を探しに昭島へ向かった。しかし呼び止める者がいる。「七つあったのは昔の事で、いまは五つなんだ。そして我こそはその球を守る五人囃子が一人、エレキギターの竜!!」私は彼の股間を半分握り潰した。「一つあればいいんだ……さあ、そのディストーションのかかった悲鳴をもっと聞かせてくれ!」そこに現れた残りの四人。「よくも竜をやってくれたな……我こそはベースのケン!」「ドラムスの山田!」「タンバリンのマトン羊助!」「パイプオルガンのJ.S.バッハ!」それから数分の間に起こった事は割愛するが、その後僕はぼろぼろに破れた服を着ながら夜の多摩川沿いを泣きながら歩いていた。「こんな格好じゃはずかしくてひな壇にあがれないよぅ……」道は暗く、長く、もう帰り道も分からなかった。そして季節外れの落雷で絶命する。一瞬だけ、桃の匂いがした。それがいまから1500年前の話だ。もうすっかりお爺ちゃんになったエレキギターの竜は今俺の隣でコーヒーを飲んでる。あの頃の事、ようやく笑って話せる思い出になったのだ。「あんな歪み、どんなエフェクターにも出せなかったよ」竜は言った。私はすこし恥ずかしかったが、うれしかった。こんな気持ちに名前を付けようと思った。「昼、牛丼を食べたから『牛丼』はどうだろう」私は言った。「牛丼?」竜は言った。「三月三日のお昼に牛丼を食べてたの?」僕は少しムッとした。「どの日にぼくが何を食おうがぼくの勝手だ。その気になれば晩ご飯だって牛丼で済ます事だってできるんだよ」竜はそれを聞いて、鼻で笑った。「ごめんなさいね。ちょっとからかっただけ……いいわ、何か作ってあげる」そして竜は台所に立ち、勝手にごはんを作り始めた。それを見ながら、私は不可解な疑問がわき上がるのを抑えられなかった。私は席を立ち、竜の背後に立った。「なに? 包丁持ってるんだから、ふざけないでよ」竜は言う。私は竜の左手を掴み、引き寄せてこちらを向かせた。とまどったような竜の顔が見えた。そして、一瞬だけ、桃の香りがした。
「おまえ……女だったのか!?」私は叫んだ。「やっと気づいた?」竜は不敵に笑った。「ありえない! 1500年前に初めて会ったとき、俺は確かにお前の球を……!」竜「……あのときのは、ケンとマトン羊助に借りていたのよ。本当は、五人囃子に留まらず、三人官女へ、そしていずれはスターダムのトップへ……そう思っていた事が、私にもあったわ」俺「それじゃあ、俺と同じ……いや、俺そのものじゃないか!!」竜「そう……あなたそのもの。私は、『ありえたかもしれないあなたの未来』なの」俺「じゃあ、俺が現実から脱出せずに、あくまでも努力で上をめざしても……」竜「私になっていた……五人囃子どまりだった。……もともと、おひな様になろうなんてことが間違ってたのよ。最初から」俺「お前は、歪んだ夢の犠牲者ってことか……」竜「でも気にしないで。しょせん現実から脱した虚構の世界のできごとなのだから」そして竜の体はしだいに透けていって、はじめからいなかったかのように消え失せてしまった。何の余韻もなくぬぐい去られていった。残ったのは1500年もの時の流れだけ。
プロフィール

金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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