こんにちは少女です。すっかり退色しましたが私は元気です。今日は油絵具としての茜染料についての性質と歴史的地位、そしてその盛者必衰の理と国内国外での認識差とかいう非常に誰得な話を書こうと思います。
油絵具の製品の色名を、顔料の面から見るといくつかのパターンがある。
1、顔料の名前として完全に定着しているもの(ウルトラマリン、ビリジャンなど)。
2、直感的だが、正確には顔料を表さないもの(カドミウムグリーンなど。カドミウムで緑は作れないので、カドミウム黄にフタロシアニン緑などを足して作られている、混色なのである)。
3、通称の色名。バンダイクブラウンやサップグリーンのようなもの。何が入っているか想像しづらい。
4、各メーカーが自分たちで開発し、名付けたもの。
まあ乱暴にこう分けられるとする。上のものほど内容がはっきりしており、下ほど何が入ってるのか分かりづらい。一応絵具のチューブにはどういった顔料が使われているかが記載されているのだが、カラーインデックスの番号だけの場合も多い。記載義務はあるけど読ませる気がない的な。
ということはつまり、まあ気にしなくてもそれほど支障はないということで、これらが分からないことが直接使用上で事故になることはない。しかし、商品を選ぶときは誰しも色見本と名を見て参照する。そしてできれば、ある程度の性質を見て取りたい。
(画材屋では、チューブを開けて中身を見る客が存在する。これをやると色見本よりも多く情報を得られるが、当然迷惑行為なのでやってはいけない)
さて、店頭でさまざまな色やメーカーの差をよく調べてみたところ、とくに赤の透明色(茜色)が、メーカーごとにバラバラな名前を付けており、内容も物によって違うことを観察した。ただでさえこのあたりの色は、マダー、クリムソン、アリザリン、カーマインなどと名前が多く混乱しやすいのに。
赤の透明色は、「ローズマダー」「クリムソンレーキ」の名前でよく知られている。油絵具セットを買うとかならず含まれており、油絵に触れたことのある人なら目にしているはずの基本色である。チューブから出したままだと黒ずんだ赤だが、伸ばすとバラ色に開く。
朱の上に薄く何層も重ねて塗ると目が醒めるめるような鮮やかで深い赤を作ることができ、また明るい地の上では華やかな色を差せるので、赤い衣や顔の頬紅などによく使われた。
これほどメジャーで使いよい(=基本色)は名前が定まっているのが普通だが、なぜメーカーごとに名前や内容が違うのか。
結論から言うと、茜を使ったレーキ顔料は欠点があるので、顔料が代替されつつあり、それがメーカーごとでてんでバラバラなのである。そこに名称の混乱があるのかと思われる。
ここで用語などを解説しておく。「ローズ(赤)マダー(茜)」は色の名前である。「アリザリン」は茜の根から取れる赤色の化合物の名前で、「クリムソンレーキ」は、元々はコチニール色素を用いたレーキ顔料だったが今は色名に用いる。「カーマイン」はクリムソンと語源が同じ、アラビア語で昆虫をさす「ケルメス」から。英語「クリムソン」が成立する前にはコチニールレーキはカルミンと呼ばれていたようだ。現代ではコチニールは退色の問題があり、絵具には使われていない。
が、「クリムソン」「カーマイン」はコチニールに源があるのが味噌だ。もともと茜とは別系統の色なのである。ちなみにコチニールはカイガラムシから取れるもので、一時期ファイブミニで騒動があった、あれです。
レーキ顔料というのは、水溶性の染料を基材(透明か白色の顔料。体質と呼んだりもする)に定着させ、不溶化したもの。簡単に言うと、細かすぎる色の粉を、絵具にできるくらいにちょっと大きくまとめるような感じ(あんまりな説明だが)。今話題にしているアリザリンやコチニールは染料で、どちらもレーキ化させたものが絵具になっている。
現在、これら天然品は市場からはほぼ消えており、合成されたアリザリンレーキが使用されている。
さて、以上のことをふまえ、これから各メーカーの絵具の名と使用顔料を記していく。右が名前、左が顔料である。
クサカベ
クリムソンレーキ アントラキノンレッド(PR177)
アリザリンクリムソン アリザリンレーキ(PR83)
ローズマダー アリザリンレーキ
ピンクマダー アリザリンレーキ
コチニールの色、カルミン酸色素はアントラキノンの誘導体である。ここまで化学の話になると全く自信がないが、誘導体はウィキペディア先生によれば「ある有機化合物を母体として考えたとき、官能基の導入、酸化、還元、原子の置き換えなど、母体の構造や性質を大幅に変えない程度の改変がなされた化合物」とのこと。PR177はアントラキノンそのものを含む顔料なので、「クリムソン」を意識しつつ合成顔料に代替したのかな、という気がしないでもない。しかしホルベイン工業技術部編「絵具材料ハンドブック」を見ると、PR177とカルミン酸の構造式が似ている事は分かるのだが、アリザリンもアントラキノンに毛が生えたような形をしており、ちがいがわからず、絵描きの想像力の限界に直面して軽く萎えたりできる。
さて、しかしその他の商品はやや漫然とした印象を受ける。
残り三つは上ほど色が深く、下ほど明るい。しかし使用されてるのはアリザリンレーキのみである。
(同じ顔料番号でも色味は変えられる。ちなみに「PR」とは「ピグメント レッド」の略記)
上に書いたように、アリザリンレーキは代替されつつあり、悪い顔料では決してないが、しかしはっきりとした欠点も持っている。クサカベは「ミノー」という上級のシリーズもあり、それも同じくアリザリンレーキを使用している。(さらに上のシリーズ『ギルド』は調べてない)これを見る限りブリードを嫌うような人たちに対しては無策であるように見える。
マツダはアゾ系の代替品がある。
マツダ
クリムソンレーキ アリザリンレーキ
カーマインレーキ アゾ系
ゼラニウムレーキ アゾ系
ディープマダー アリザリンレーキ
ローズマダー アリザリンレーキ
ピンクマダー アリザリンレーキ
マツダは顔料番号が記されてないので、アゾ系が具体的に何なのか不明である。名前にレーキとあるからレーキ型だろうとも思われるが、上のクサカベの「クリムソンレーキ」、使用されてるPR177とは顔料型であるようだ。このように名が実を表さないケースがある。
ホルベイン
クリムソンレーキ アントラキノンレッド
アリザリンクリムソン アリザリンレーキ
ピンクマダー PR221(ジスアゾ縮合顔料)
ローズドレー アリザリンレーキ、PR144(ジスアゾ縮合顔料)
ローズマダー PR221
ゼラニウムレーキ PR188(モノアゾ)
カーマイン PR221
日本のメーカー三社ではホルベインが代替に意欲的に見える。やはりアゾ系を中心に代えてきているようだ。
さて、同じ名前の絵具なのに、使われている顔料が統一されてないことにお気づきだろうか。というか、これらの商品名と内容の顔料の相関に、なんの秩序もないように私には思える。
別に協定があるわけでもないし、色見本さえあれば買い物にそれほど不自由しないのだが。
続いて、海外メーカー。
ルフラン(仏)
ローズマダー ヒュー PY110(イルガジンイエロー3RLTN)、PR177
ルフランクリムソン PV19(キナクリドン)
アリザリンカーマイン アリザリンレーキ
アリザリンクリムソン アリザリンレーキ
カーマインレーキ ヒュー アントラキノンレッド
ディープマダー ヒュー アントラキノンレッド、PV23(ジオキサン系)
ルフランは妥協のないメーカーで、真骨頂はメディウムにあるけれど、絵具も第一級なので肯定的に論じていい。
「ヒュー」というのは、似せた色という意味だ。毒性があったり高価すぎる絵具のパチ物というイメージが強いが、こういった「改良版」としても使用する。
本家の色は店頭に無かったので、アリザリンを排斥する方向に動いているといえる(二色残しているが)。代替顔料は多彩。
ターレンス(蘭)
パーマネントマダー ライト PR254,264,(ピロール)PV19(キナクリドン)
ミディアム PR264,PV19
ディープ PR264
パーマネントカーマイン PR214(縮合アゾ),PB29(ウルトラマリン)
カーマイン PR176(ベンズイミダゾロン)
キナクリドンローズ PV19(キナクリドン)
パーマネントレッドバイオレット PR202(キナクリドン)
このメーカーがいかに極端かがよく分かる。アリザリンは跡形もなく、キナクリドンとピロール中心に置き換えている。
ウィンザー・ニュートン(英)
キナクリドンレッド PR209(キナクリドン)
パーマネントローズ PV19(キナクリドン)
アリザリンクリムソン アリザリンレーキ
パーマネントアリザリンクリムソン アントラキノンレッド
パーマネントカーマイン キナクリドン、ピロール
「パーマネント」を「ヒュー」のような意味で使っているのだろう(本来のレーキは退色しやすいから)。キナクリドンが多い。
マイメリ(伊)
クリムソンレーキ PR206,PR122(キナクリドン)
ローズレーキ PV19(キナクリドン)
ティツィアーノレッド PR209(キナクリドン)
サンダルレッド PR254(ピロール)
これもアリザリンは絶滅。しかし選択肢が少ない気が……。
シュミンケ・ムッシーニ(独)
フローレンタインドレッド PR179(ペリレンマルーン)
トランスルーセントレッドオキサイド PR101(酸化鉄)
マダーレーキブリリアント PR209(キナクリドン)
アリザリンマダーレーキ PR83:1(アリザリンレーキ)
マダーレーキダーク PR254(ジケトピロロピロール)PV42(キナクリドン)
カーマイン PR254,PV42,PV19
ムッシーニはよく分からないシリーズだ。この比較はともかく、全体的にやってることが一人だけ違うというか、浮いている。たとえば、ムッシーニのビリジャンは、明るい黄緑(やや不透明)なのである。おかしいだろ。なので、あまり使った事がない。
例えるなら、「自称最強」を謳ってる不遜な奴だけど、あんまり登校してこないのでその強さを知るクラスメイトがいない。そんな子。
以上の顔料は、なるべく間違いのないよう努力はしたが、表記の統一とか細かい所はいい加減だったりする。また調べるのはけっこう大変なので、集中が切れて誤った可能性もあるかも。その場合はご容赦。
さて、海外では、キナクリドン、ピロール、ペリレンなど、さまざまな顔料がアリザリンに代わるものとしてある。これらは最新の顔料で、堅牢生や耐光性は非常に高く、信頼に足るものだ。
では、日本ではこれら顔料は油絵具への応用がされていないのか? よもやメーカーが知らないということはあるまいが………
と思って、改めて大学の世界堂で色々見たら、ちゃんとあった。
もう疲れたので番号は書かないが、ホルベインだと「コバルトバイオレットライトヒュー」「モーブ」「ペリレンレッド」「アルプスレッド」など、クサカベだと「キナクリドンマゼンタ」「ローズバイオレット」「コバルトバイオレットヒュー」「キナクリドンローズ」など、マツダだと「ルビー」「マゼンタ」「オーロラピンク」「ブライトレッドライト」などに、上のような顔料が使用されていた。
つまり日本では、これらの新顔料を「アリザリンに代わるもの」としては扱ってないということだった。これはたとえばキナクリドンが、すべて必ずしも透明とは限らないことにもよるだろう。そして相対的に、アゾ顔料の活躍が多いわけである。
しかし、こういった「新色としての追加」というのは、なかなか難儀なものがある。バーミリオンやカドミウムレッドなど、魅力的な不透明赤が揃っている現代において、後発の絵具はよほどの売り文句がないと注目されづらいのである。しかもこれらはしばしば高額だ。たとえば、クサカベのキナクリドンローズはシリーズE(六号チューブで924円)。これは透明色だが、クリムソンレーキが409円で買えるという選択もあるなか、予備知識なしにあえて選ぶ人がどれくらいいるだろうか?
おそらく、時間をかければこれらの顔料も一般的になるかもしれない。そしてユーザーからの十分量の感想が得られれば、またメーカーはなにかしら動くかもしれない。
結論
・海外ではアリザリン駆逐の流れ
・国内はあまりそういう感覚なし、アゾ系で代替。最新顔料って認識されてるの?
以上、少女の頭の中でした。私おとなになる。