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ポンギーナ戦記

都知事選に捧ぐ


おじさんは踊りながら嘔吐し、回転しながら躊躇した。「どうしよう、こんなにミッドタウンをよごしてしまったら『神』におこられるよ!」そう六本木ーー通称ポンギロは破壊的なまでに汚染されていた。清掃車は猛り、お洒落なお姉さんは100メートルダッシュで逃走する「ヘイ、タクシー! 渋谷まで! 渋谷まで競争して! 私の全エネルビーをかけた疾走が失踪に変わるその瞬間を見ろ! メーターが10万円になるまで、私は10万メーター走ってやる!」そう、おばさんは若かりし日を回想する。「あの頃はよかった……」そう、あの頃はまだよかった、今みたいな、町を歩けば空で戦闘機がドッグファイトをし、地上ではストリートファイターが四つん這いでキャットファイトし、地下ではおじさんがゴキブリに決闘を挑む無秩序な世界と比べれば。だが歴史が動くとき、地理も動いた。海底2000メーターから大陸が浮上し、六本木に直撃する。ポンギロが七本目のポンを獲得し、ポンギーナとなった、が、破れた大地から湧き出たゴキブリとおじさんによって既にミッドタウンは人の住めない町になったのである。「ゴキブリとおじさんはこの世にいてはならない!」都知事は演説の壇上で机を殴り壊し、妻にディープキスする。「すべてのカオスを払拭しろ! 東京が意味不明になるまで消滅させるのだ! そのとき私は意味不明知事を名乗ろう」だがおじさんの本体、真のおじさんはその様子をテレヴィ中継で閲覧し、片手にはコニャック、もう片手でゴキブリの美女を撫で回していた。「クックックッ……ゴキブリのGは、ガイアのGなのだ……母なる地球に歯向かったことを後悔させてやろう」「やあん……そんなところを触ったら『神』におこられるわよ」美女ゴキブリは言った。東京に押し寄せる、もはや自他ともに無差別に守る、無差別衛隊が無差別攻撃を行う。「動くものはゴキブリだ! そうでないものはおじさんだ!」そう言って、渋谷に進撃した。兵士が道に落ちてるガムを発見する。「動かないものがあります!」「バカヤロー! おじさんだ!」そして命令が下り機銃掃射が行われる。しかし、渋谷を焼き払い、いざポンギーナに突入するとなったところ、道にひとりの傷ついた美少女が横たわっていた。駆けつける兵。「息があります!」「ぬう……動くならおじさんではないな」「では、ゴキブリです!」「いや……美少女がゴキブリなわけがない……この子は無差別に衛らなければならん! 命令だ!」「はい! 俺もそうじゃないかと願っていたんです! 願いが通じる世界であったらいい! 武力は運命を切り開くためにある!」そうして救護車に担架で運ばれそうになる少女。「あ、あの……ごめんなさい、実は私、ゴキブリなんです! だから助けてもらうわけにはいかないんです……」無差別衛隊員たちは全員驚愕に打ち震え、顎をかちかち鳴らし、失禁する者さえいた。ゴキブリ美少女は申し訳無さそうな表情を俯かせ、目には涙をにじませていた。そして担架を降り、胸をきゅっと抱きしめて目を瞑った。「どうぞこのまま……撃ち殺してください」そういう彼女に銃口を向けられる者はいなかった。無差別衛隊員たちはみな天を仰ぎ、涙をとうとうと流した。「俺たちは……一体何のために戦っているんだ……!!」一人が武器を捨てると、金属がアスファルトを打つ音が雨のように響いた。そして最初に武器を捨てた一等兵曹のトムが彼女に走りより、爪先に口づけした。「やぁっ! 汚いですよ! 私ゴキブリなんですよ……!」「君の体に汚いところなんてあるものか……どうかこうさせてくれ!」ゴキブリ美少女は恥ずかしさと、こんな自分を人間が受け入れてくれたことへの嬉しさに俯き、頬を染めた。それを見た隊員たちは意を決した。「ゴキブリを根絶やしにするなど間違っていたのだ。この世に生きていてはいけない種などない。我々はいつからか、自分たちを『神』と混同していたようだ。この世はカオスでいいんだ! それが、この世の自然なんだ!」隊長の山田中佐の宣言に、一同は喝采で答える。「憎むべきは意味不明の徒、知事である! 攻撃目標は都庁、都知事である! 作戦開始!」隊は踵を返し、新宿へと向かった。ゴキブリ美少女はその姿がビルの向こうに消えるまでずっと見ていた。
 「ポンギーナへ進行中の無差別衛隊が反乱を起こしました! こちらへ向かってきます!」秘書が知事の元へ駆け込む。知事はハバナ産の葉巻をくゆらせ、余裕の表情だ。「心配は無用だ。知事親衛隊に迎撃の命令を出せ!」その命令と同時に、新宿全域に張り巡らされた親衛隊。しかし、今回の作戦に疑問を持つ者もあった。「知事の命令とはいえ、我々を守るために戦っていた無差別衛隊を撃つなんて……」兵は口々に言う。「馬鹿野郎! 滅多な事を言うもんじゃない!」士官は怒鳴りつける。だがいざ無差別衛隊が近づいてくると、士官も攻撃命令を出しあぐねた。向こうに先に撃ってきてほしかった。「止まれ! それ以上近づくと発砲するぞ!」親衛隊は言う。「どいてくれ! この世のためになにが正しいか、いま一度よく考えろ!」無差別衛隊は言う。「我々は一人の人間である前に、知事を守る盾だ! 引くわけにはいかん!」「戦うしかないのか」「……考えは変わらんようだな」
 「待ちな!」声がし、その場にいた皆が一斉に振り向いた。そこにはポンギーナに大量発生していたおじさんたちが、いつのまにかここまで来ていたのだった。「無差別衛隊のみんな、手を貸すぜ」
 「なぜ……我々に?」
 「あんたらはゴキブリを撃たなかった。借りができちまったんでな。おじさんは律儀なんだ、ここで返すぜ!」そう言っておじさんは親衛隊に躍りかかった。
 「お、応戦せよ!」親衛隊はおじさんに激しい攻撃を行ったが、おじさんたちはひるまない。激突し、戦闘が始まる。
 「くっ……我々は本来の目的を遂行するのだ!」無差別衛隊は戦闘を起こす彼らをよそに都庁を目指した。
 「な……何が起こった!」知事は葉巻を唇から落とし、目前に迫る無差別衛隊を窓から呆然と見下ろしていた。
 「もはやここまでです、知事。名誉ある自決を……」秘書が拳銃を取り出して捧げる。
 「い、いや、そうだ、ゴキブリを都民に認める条例を作ってやろう! おじさんにも市民権をやろう! それで彼らも納得する!」
 「何も分かっておられないようですね。もはや彼らは、『自分とは遠い何か』を『排除』しようとするあなたという『元凶』から、この世を『衛る』ために行動しているということを……」
 「そ、そんな……!」
 秘書は拳銃を握ると、窓を背にした知事に向けて四発撃った。知事は窓を破りながら外に飛び出し、墜落した。それは進軍する無差別衛隊の先頭の目の前に落ち、死体はバラバラに飛び散った。隊員はそれをしばし唖然として見下ろしていた。

 「クックックッ……なにもかも計画通りだ」本体のおじさんは様子をテレヴィ中継で閲覧しながら言った。「こうしてポンギーナは守られ、おじさんとゴキブリの命は保証され、邪魔な知事は死んだ。そしてこの勢いをもってして、次の知事の席は私が得る。そして都庁をポンギーナに! この世のすべてを私が担うのだ!」
 「これ以上バカな真似はやめて!」背後から声がした。
 「……?」
 おじさんは回転椅子を回し、声の主と面した。拳銃を構えた、傷ついた少女がいた。
 「ほう……お前か」
 「もう……あなたの言う事は聞けない。聞かない」
 「ふん……たかがゴキブリ風情が、私に逆らうというのかね?」
 「彼らと……無差別衛隊員と触れ合ったとき、知ったんだ。人のぬくもりを。こんな私ですら受け入れてくれる心がある事を。だから……」
 「だから何だというのかね?」おじさんは右手に持ったコニャックを口に運んだ。「今頃分身のおじさんたちは親衛隊を撃滅し、用済みになった無差別衛隊も滅ぼしに向かっている頃さ。今更お前がどうしようと世界は動かんのだよ」
 「そうかな……?」
 ゴキブリ美少女の不敵な笑みに、おじさんは悪寒が走った。慌ててテレヴィに振り向く。
 そこには、戦闘をやめ、共に歩む親衛隊とおじさんが、無差別衛隊員を迎えにいく様子が移っていた。その上空には、無数のゴキブリが舞っている。
 「こ、これは! いったいどういう事だ!」
 「……私、無差別衛隊に助けられてから、ポンギーナ中のゴキブリたちに話して回ったの。人間とは分かり合える。人も、ゴキブリも、おじさんもいてもいい、って。そして、私のために行われている愚かな争いを止めさせてってお願いした……」
 「ば、バカな……!」
 テレヴィからは、無差別衛隊と合流し、ポンギーナへと向かいながら「No future」を歌い、「本体を倒せ! 黒幕を倒せ!」とシュプレヒコールを挙げる、敵も味方もない、カオスの軍団が映りつづけた。
 「あなたは……私の心を計算に入れていなかった。ゴキブリの心を……!」
 「こ……こんなはずでは……」
 おじさんは椅子から転げ落ち、うずくまった。
 「おじさん……あなたは、『神』におこられたのよ……」

 ゴキブリ美少女と本体おじさんが施設から出ると、既に到着していたカオス隊が熱狂を持って迎え入れた。おじさんは即時に逮捕され、輸送車に突っ込まれた。
 ゴキブリ美少女は英雄のように歓声に包まれた。彼女は驚き戸惑い、どこを見ても自分に声を上げる人ばかりだったので、うつむいた。
 「こりゃまた、かわいいヒーローだな!」おじさんがはやしたてた。
 「こっち向いてくれよ!」別の誰かが言う。
 ゴキブリ美少女は、恥ずかしいのと、緊張とで、ひたすら口を紡いで下を向くばかりだったが、そのときひときわ大きな声がした。
 「ゴキブリさん!」
 聞き覚えなる声だった。顔を上げると、無差別衛隊の、最初に銃を捨てて、足に口づけした、一等兵曹のトムだった。
 彼は人をかき分けると彼女に走りより、思いきり抱きしめた。
 「きゃん!」ゴキブリ美少女はか細い悲鳴を上げた。「やだ、みんな見てますよ!」
 「構わない! 俺、この戦いを生きて帰れたら言おうと思っていたんだ……」そうしてトムは、ゴキブリ美少女の肩を抱いて顔をじっと見つめた。「俺と、結婚してくれ!」
 ゴキブリ美少女の顔が、みるみる真っ赤になった。一瞬の静寂の痕に、周囲がどっと湧いた。
 「おいおい、ゴキブリと人間が結婚だと!」
 「まじかよ! ぶったまげだぜ!」
 「どんな子供が生まれるか楽しみだな!」
 はやしたてる周囲に、ゴキブリ美少女はたまらなくなって固く目を閉じていた。トムもあまりの嘲笑にとまどっていた。
 が、そのとき銃声が三発響いた。「てめえら、うるせえっ!」
 無差別衛隊隊長山田中佐が拳銃を空に向けていた。銃口から幽かな煙が漂っていた。辺りは水を打ったように静かになった。
 「人間とゴキブリの結婚? ああ、結構じゃねえか。彼女は英雄だし、トムはうちで一番の勇士だよ、相応しいカップルだ。それにお前らはなんでここにいる? 俺たちが、この世に共にいてもいいってことを、受け入れたからじゃねえのか!? もちろん、彼らには苦難も多くあるだろう。だが無差別に祝福してやろうぜ。トム、ゴキブリの美少女、少なくともここにいる皆はおまえらの味方だ。なあみんな、そうだろう!」
 一瞬の間の後、割れんばかりの拍手が起こった。
 「彼の言う通りだったよ! これぞ俺らの望んだ世界だ!」
 「おじさんだって、美少女と結婚したいよ!」
 「待ってくれ!」トムが一同を制止した。「彼女の返事を聞いてない!」
 それからトムは、彼女に向き直った。
 彼女は、トムの胸の中で、彼の目を見つめていた。トムの鼓動が速まった。彼女は口を動かさなかった。時間が無限に感じられた。
 「あの………返事を」言いかけたトムに、彼女の手が伸びた。彼女はトムの頭に腕を回して引き寄せると、その口を口で塞いだ。
 爆音の歓声が上がった。ゴキブリたちは歓喜のあまり飛び上がった。祝砲が上がり、鼓笛隊が音楽を打ち鳴らす。トムとゴキブリ美少女は、肩を組んでその祝福に応えた。声と拍手と音楽とが、混沌となって降りそそいだ。ポンギーナにて、最初に本当に、人が他者と分かり合えた瞬間だった。誰しもが自分の事のように喜んでいた。
 その喧噪の中でふとトムは、彼女の事をまったく知らない事に思い当たった。
 「そう言えば、君の名前をまだ聞いてなかったね」トムは彼女に言った。「教えてくれよ」
 「うん」彼女は微笑んで、言った。「私はね……」



fin
 

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金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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