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デーモンの囁き

パンドラの箱や、ニーチェの永劫回帰などは、つまり「すべてが既知であること」への恐怖や、その非生産性についての話なのだろうな、と思った。
あと最近トキオ君と哲学トークをしていて、「善とは、悟ったかのような無関心である」という命題が飛び出たので、そのことも併せて考えてみたりする。
パンドラの箱に最後に残ったのは「希望」だという説が有名だが、これは「未来が全て分かってしまうことの災い(予兆)」だったという説もある。これが外に出なかったので、人間は「未来への希望」を失わなくて済んだ、という。
とすると、トキオ君のいう無関心とは、慧眼で見通してしまったゆえに、ニヒリズムに陥ることだと言えなくもない。(箱に唯一残ったものでもあるのが興味深い)

それから、人間はある程度バカっぽさを残したり容認したりしないと生きられないのだと思った。そういう意味では、神を設定するのは人間を不完全な物として相対化するのに有効だし、効力が切れたからニーチェが現れた、なんて言ったりもできる。
むしろ、ある程度バカでなければならないから、「神の領域への越権行為」をタブーとするのかもしれない。

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金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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