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物質


画材の博物誌画材の博物誌
(1994/05)
森田 恒之

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芸術論争と関係なく、絵具とその使い方には確実に発達がある。それは絵具が物質だからである。色をつける材料として最適な顔料と展色剤の組み合わせが数多くの思考の末に発見され、さらにその絵具のさまざまな使い方を試みる中で、特色をよく生かした使い方の技術、絵画記法が確立してくる。新しい材料が発明され、新しい組み合わせが一つ生まれれば、新しい技術が発達する可能性ができる。要は画家がそれを採用するか否かだ。しかし、何かの折りに大変便利な絵具の製法や技術が考案されると、それまで延々と失敗を重ねてやっと作り上げた知識の集積であっても一つの便利さにひかれて、その他の多数の事を忘れてしまう事がある。何も絵具に限ったことではないのだが発達と退化は同時進行するものらしい。今日、我々の知っている絵具の知識の中にも、かつては常識だったものを忘れてしまって、再び無益な失敗と試みをやり直していることもけっこうあるようだ。




画材の文脈において、考案された「大変便利な絵具の製法や技術」はアクリル(アルキドもこれに準ずると言える)を指し、そのせいで「やっと作り上げた知識の集積」を「忘れてしまう」というのは油絵具のことだ。これは事実であり、たとえば佐藤一郎さんの話によると、野見山暁治にスタンド油を薦めたところ、使い方がまったく分かってなかったという。つまり溶剤で割らずに「こんな油使いにくいよ」と言ったのである。

もっとも油絵具の技術・技法の断絶というのは過去に数度起こっており、そのたびに失われた伝統も多いという。最も致命的なものは新古典からロマン派、印象派に至る過程で、新古典派が苦労して復活させた英知を印象派がおじゃんにしたという側面はあった。印象派は既成の油彩技法を必ずしも必要とせず、またそこから出発した近代絵画は、古典技法と表現は結びついていなかった。
 また顔料などの技術も、ギルドのシステムが崩れたせいで断絶し、品質が落ちたという。初期ルネサンスまではウルトラマリンは非常に鮮やかであったが、フェルメールの頃(たとえば真珠の耳飾りの少女のかぶりものとか)には彩度がかなり低くなっていた。

(しかし、油絵の技術も題材も広がりをもったこの時代には、ウルトラマリンはかつてほど特別な存在ではなくなった。金箔と朱を用いる宗教画では、これらの補色としてもウルトラマリンが重宝された。顔料そのものの希少性だけでなく、色彩として構図に大きな影響を与えていたのである。だから、マリア様がかならずウルトラマリンの衣をまとっているのは非常に合理的なことだ)


 油絵具の完成者はファン・アイクであり、これはテンペラでは不可能なグラデーション、透層、ぼかしの画法の実現のために要請されたものである。
 しかしそのはるか以前から乾性油と絵画の関わりについては史料に残っており、最古のものは五世紀から六世紀に生きたアエティウスという医者の書いたもので、くるみ油がロウ画などの完成ニスとして使用できると述べている。その後、八世紀の「ルッカ手稿本」ではリンシード油と軟質樹脂の混合物について書かれており、乾燥促進についての記述となっている。一二世紀には単に混合するだけでなく、ランニング処理(硬質樹脂と乾性油の化合)によるハーレムシッカチフの製法が記されるようになる。

 実際の油彩技法としての使用は、十四世紀前半あたりにに見られるようになる。たとえばジョットが「ときどき油を用いて描いていた」という証言があるようだ。また同時代人にもそのような記録が見られる。ファン・アイクに五十年以上先立つことになる。


 もっとも、このような黎明期のいきさつや失われる知識というのは、市井のひとびとにとってあまり意味はない。美術を学ぶのにチェンニーノ・チェンニー二から始める奴などいないし、忘れられる知識の中には、打ち捨ててしまったほうがかえって整理がつくような代物の方が圧倒的に多いだろう。逆に言うと、油を忘れ去らせるほどに合成樹脂は優れているのである。
 だから相対的に、油彩技法について自然に学べる機会は減っているということなのだろう。特別に興味があってその技法を選ぶなら、きちんと勉強しなければならないという、あたりまえの話に落ちるという。

 そんな油絵具がいま(今後も)アクリルに対抗できる強みというのは、メディウムが自然物であるというところだ。自然に得られるものは合成物に比べて、暖かみというか、「揺れ」というか、表現し難いが、我流で解釈すると「感情移入の余地が大きい」のである。使い比べると、アクリルの描き応えや画肌は、いってみればサイボーグのような触感がある。

 しかしそれは「人工だから」というより、「自然にあまりないものだから」という気がする。
 というのも、コーパルとか漆とか、天然物のくせにきわめてドライで強烈な印象を与えるものも存在するから。コーパルは半化石で「普通溶けない」し、漆は塗料として成立させる条件が厳しすぎる上に性質としてもありえないもので、ワニスになってる状態はかなり奇妙だ。やっぱり人間は見慣れないものは恐いんだな。(うるしは日本では見慣れるけどね)





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金城孝祐

Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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