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横山操

古本屋で、旧い美術展のカタログを買ったりする。

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「ウォール街」


油絵からはじめ、かなり早い時期に日本画へ転向している。
この人は25歳のとき中国戦線で終戦を迎え、シベリアに5年間抑留された。
また晩年は脳卒中で右半身不随となり、最期の1年半ほどは左手で制作した。


加山又造とライバル同士だったらしい。


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嵐山のアレ。

当時が実際どうであったかは不勉強で知らないけど、現在はやや加山のほうが評価され記憶に留められている印象を受ける。こう言うとちょっと身もふたもないが、グーグルでの横山のヒット数は31800件、加山は144000件である。これは加山の画風の方がキャッチーで華やかだったこともあるかもしれないが、死ぬタイミングも関わっている気がする。

絵描きの歴史的な評価はわりといいかげんなところもあって、作品そのものだけでなく巡り合わせとタイミングで知名度はかなり変化する。(たとえば黒田清輝は日本美術史にあって重要な人だが、現代の人間が作品に参照するべきことはあまりない)
もし横山があと20年生きていたらさらによい絵を描いていただろうし、出世もしていただろう。
だから文化勲章がもらえるまで粘った加山は、後世に貢献できるポジションを取れたというところが偉いと言える。あるいは青木繁のように、20代にして枯れ果てて死ぬくらいすれば「夭折の天才」と呼ばれることもあろう。
享年53歳というのは、早すぎると言うには若干生きすぎだが、一方でもっと生きていてもよかったという気にもなり、どうにも捉え難い。50前後の死は信長を思い出すばかりだったりもする。

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Author:金城孝祐
劇団無敵の作・演出家。油絵も描いてる。

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